746手間
百人程度が剣を振り回しても大丈夫な広さの容易に登れない高さの壁で囲まれた訓練場にはワシとクリス、フレデリックにアニスが数歩下がりワシの後ろに並びそれに加え、何故か陛下までクリスの隣に立っている。
フレデリックの話がひと段落ついてから数日、ようやくと言うほど待っていないが近衛が使用する外部から見えない訓練場の使用許可というよりも都合がついたからワシの魔手を見せに来たのだが、クリス以外にフレデリックやアニスはともかく陛下が居るのだろうか。
「騎士団の訓練場ならともかく、近衛の訓練場を使う場合は父上の認可が必要だから」
「なるほど、それで話を聞きつけてということじゃな」
訓練場を使うまでに微妙に間が開いたのは騎士たちの都合云々もあるだろうが、自分自身が参加するための調節をしていたのだろう。
「ふむ、まぁよい始めるかの」
今日着ているのは浅葱のシンプルな浴衣、そこへ紐と言うには少し幅広のたすきを使い浴衣の袖をたくし上げくるりと振り返る。
ワシの行動にクリスをはじめ皆が眉を少しひそめる、何せこの国は寒いノースリーブはおろか半袖すらまず着ることは無いだろう、そこで女性が袖を捲れば。しかし、こうでもしないと服が破けてしまうので致し方ない。
一呼吸おいて右腕を魔手へと変えればギョッとした表情を隠そうとしない陛下とアニス、そしてちょっと驚いたという表情のクリスと確認というか納得したような顔のフレデリック、そう言えばこの二人は一度見ているのか。
「これがワシの真の力じゃ。それにしてもフレデリックや、随分と陛下が驚いておる様じゃが報告はしなかったのかえ?」
「もちろんご報告申し上げましたが、なんと表現すればよいか分かりませんでしたので、一言異形の腕とだけ」
「確かに見目だけであれば異形の一言じゃな、しかしフレデリックには言うたかもしれんがこれはおぬしらが神王の証と言うておる宝珠の力じゃ」
たくし上げた浴衣の袖からチラリと覗く宝珠を左手の人差し指でぽんぽんと軽く叩き指し示す。
「セルカ、それは証が宝珠が有れば誰でも出来るのか?」
「いや、コレが出来るのはワシだけじゃ。いや、宝珠の力というたが厳密にはワシの力と言うた方がよいかもしれんの。宝珠にも多少優劣はあるのじゃが、それは人と同じで力仕事が得意じゃったり走るのが得意じゃったりとその程度の違いでしかないからの」
更に厳密に言えば女神の与えたもうた力なので、彼らからすれば異教の力、黙っておくのが賢明だろう。
「ところで、その力は腕が大きくなるだけなのか?」
「無論そんなことはないのじゃ。フレデリックや言うておった物は用意できておるかの?」
「はい、あちらに」
「んむ、では見るがよい」
陛下が聞いてきた当然の疑問、腕が大きくなるだけならば真の力などと豪語はしない。あらかじめフレデリックに的となるものを用意して欲しいと頼んでおいたので、フレデリックが手で指し示す方に振り向きながら魔手を袈裟懸けに振り抜けば、離れた所にあった案山子の様に木の杭で立っていた古びた甲冑は音も無く消滅し、地面には巨大な竜の爪痕でも言うべき五条の鋭い溝が深々と刻まれる。
そして今度こそ皆が目玉が飛び出るのではと思うほどに驚愕し、ワシは一人してやったりと胸を張りほくそ笑むのだった……。




