745手間
話し合いがひと段落ついた所でワシの寝室からタタタタタッと扉を叩く音が聞こえる。ワシはアニスに頷いて見せると彼女は微笑み、そっと寝室の扉を開ける。
アニスが扉を開け切る、それすら待てないように僅かに空いた扉の隙間に体をねじ込むように寝室から子オオカミがワシの下に一直線に駆け寄って、その勢いのままワシの膝の上へと足を伸ばしてダイブする。
ころころと子供らしい姿の中にも、随分と狼らしい凛々しい部分が増えて来たのだが、ますます大きくなる体躯に見合った重さと同時に甘えん坊具合にも磨きがかかってきている様な気がしないでもない。
「噛み癖、吠え癖が無いのは良いのじゃが……この子がどれ程大きくなるかは知らんが、大人の体形になった時にもこれでは誰か潰されてしまいそうじゃなぁ」
「セルカがそうやって飛びかかってきても、甘やかすからじゃないかな?」
足を前後に伸ばしお腹でワシの膝の上に乗ったまま、嬉しそうに尻尾を振る子オオカミを撫でるワシを見てクリスが苦笑い混じりにそう言うが、こう嬉しそうな雰囲気全開で来られては叱るに叱れない。
「ワシならば、この子がもしも馬ほどの体躯になろうとも、軽々と受け止めてやれるから問題ないが、そうじゃな。もう少し大きくなったら、めっ、と言い聞かせてやるかの。それよりもクリスや、流石にそろそろこの子の名前をじゃのぉ……」
「あー、それだけどアイオなんてどうだろう。その子の目、セルカと同じ菫青色だしさアイオライトからとってアイオ」
「ほう……言われてみればそうじゃな。うむ、良かったのぉおぬしの名前は今日からアイオじゃ!」
ワシの膝の上で寛ぎだした子オオカミ改めアイオの胴を掴み、持ち上げてその瞳を覗けば確かにクリスの言う通りワシの目によく似た色をしている。
ワシがアイオの瞳を確認し、クリスがつけた名前で呼べば型に何かが嵌ったようなしっくりときた様子でアイオがキャンと鳴くので、アイオもその名前を気に入ったのだろう。
「よし、名前が決まった記念に散歩に行くかの、クリスも来るかえ?」
「いや、僕はさっきの書類の提出なんかの為に一度自分の部屋に戻るよ」
「ふむ、分かったのじゃ。フレデリックとアニスもご苦労じゃったな、後は好きにしてよいのじゃ」
「それなのですがお嬢様、先ほどお嬢様が仰られてた侍女たちへの聞き込みは何時から行いましょうか」
「そうじゃな、クリスが一度陛下に話を通してからかの。よほどうまく話しが流れてこん限りアニスから口にすることになるじゃろうし、誰とは言わずともアニスが言っておったとなればフレデリックの事じゃと勘づく者もおるじゃろうしの。それでなくとも噂好きな者たちじゃ、フレデリックが嫁を探しておるなどと流れてみい、下手な貴族が我も我もと出てくるのが目に見えておる」
「かしこまりました。それでは私はお嬢様とアイオ様のお散歩に同道させていただきたく」
「んむ」
「私は一度近衛の所に戻りましょう」
抱えていた散歩という言葉に目を輝かせているアイオを床に下ろし立ち上がる、散歩といっても宮殿内を巡るだけだが散歩が好きなのは犬も狼も一緒なのかなと相好を崩し意気揚々と一人と一匹は、アニスを引き連れて部屋の外へと繰り出すのだった……。




