742手間
カリカリとクリスらとの話し合いで決まったことを犢皮紙へと箇条書きで書き連ね、ペンを置き上から下まで誤字など無いかを確認すると隣に座るクリスへと紙を渡す。
「こんな所かの」
「そうだね、父上に奏上する草案としては十分だと思うよ」
クリスは読み終わり納得するように一つ頷くと犢皮紙をテーブルの上に置き、四方に紙が丸まらないようにチェスの駒の様な文鎮を置きほっと一息つく。
「粗はあるじゃろうが、それを見つけて正すのは文官たちの仕事じゃな」
「そもそも、この案が通れば……だけどね」
功績著しい騎士に褒美として一代限りの騎士爵を与えるという法案。
フレデリックに爵位を持たせ、ゆくくゆくは結婚してもらい優秀な騎士の家系を残してもらうための下地ではあるが、なかなかにいい出来では無いだろうか。
家名を名乗ることは許されないが男爵位相当の身分と給金の上昇、騎士を引退後に慎ましやかに生活していれば食うに困らない程度の年金。
明記しているメリットはそれだけであるが、一代限りとはいえ貴族の仲間入りを果たすので運が良ければどこかの名家に婿入りする事だってできる。
それに給金が上がるので、それで彼らの懐が緩くなれば経済も回り、羽振りが良くなった者を見れば周りの者たちも奴に続けと奮起する。
無論デメリットもある、一代限りとはいえ貴族になるので任地によっては貴族同士のパーティに出席する必要が出てくる。神都では男爵、子爵といえど名家ぞろいなので名誉貴族である騎士爵が呼ばれることはまずないだろうが。とはいえこれは人によって一概にデメリットとは言えないか。
絶対的なデメリットとなると刑罰の重さであろうか、これは貴族に与えられる刑罰が適応されるためであるのと、栄誉として与えられるモノであり他の騎士の規範となるべきであるからだ。
当然功績著しくとも素行が悪ければ与えられることは無いので、真面目に過ごしているのならば問題にならないデメリットだ。
「問題は財源だけれども、案はあるんだよね?」
「んむ、神王がおらんくなって宙に浮いておる予算があるじゃろ? それを使えばよいじゃろう」
「確かに、近衛に割り当てられている聖樹の邸宅の警備予算がほぼ必要無くなったと言ってもいいので、今近衛騎士団はその辺りのお金は全て国庫に返上している状態です」
「の? こういう奴に与えればデメリットなど合ってないようなモノじゃし、真面目に励んでおれば報われると思ってくれるじゃろ」
「そうだね」
「後は選定の基準じゃが、その辺りは追々文官たちと騎士団長とでフレデリックが話し合ってもらうとしようかの」
「私がですか?」
「んむ、功績著しいというてもワシにはどの程度から騎士たちにとって著しいのか分からんからの、ワシ基準じゃと鉱山を見つけたやら、街を救ったやら王子を救ったなどとなってしまうからの」
「街を救うならばなんとか……」
苦笑を漏らし、その位ならばとフレデリックは言うが……。
「それの相手が、あの王の体躯を片手で握って持ち上げれるほど巨大な魔物じゃとしてもかえ?」
「それは……無理ですね、行う事もですが騎士爵程度で留めるのも」
「じゃろう?」
話が丁度良く途切れた所で犢皮紙のインクが乾いたのをクリスが確認するとくるくると紙を丸め、クリス付きの侍女にそれを渡す。
「これは正規の奏上の手続きを取って僕が責任を持って父上に渡すよ」
「んむ、頼むのじゃクリスや」
これでこの話は一先ず終わりとなり、こっそりと息をつくフレデリックにワシはニヤリと笑い「さて」と話を戻しフレデリックの結婚の話じゃがと切り出せば、フレデリックはお茶を楽しんでいるところに苦虫を無理矢理突っ込まれたような、何とも言えない苦々しい表情になるのだった……。




