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先日の訓練でワシが鼻高々に昔のことを話したせいでクリスの要望でワシの魔手を見たいという事になってしまった、ワシとしても特に問題は無いので否やは無い。
「ワシはクリスの訓練を見に行く位しか今はしておらんし暇じゃからよい、それで今から見せれば良いのかの?」
「いや、今日じゃないよ。どこかの訓練場を使う許可を取ってとか一応あるからね、王家の人間とはいえ準騎士に属している僕がそれを無視する訳にもいかないから」
「訓練と言えば、クリスや、訓練はどうしたのじゃ? いつもならば訓練場に居る頃合いじゃろう」
「それなんだけれども、しばらく準騎士たちの訓練は無いよ。パーティにケガをして出る訳にもいかないからね、出席する予定のある人はしばらく訓練に出ることはないのさ」
「ふぅむ、なるほどのぉ」
確かにいくら盛装しても顔に青あざだらけでは格好がつかない。貴族の三男や四男など家を継ぐ目の無い者以外は本気で騎士になろうと考えてはおらず、箔付けや一種の修行としてのみ準騎士として訓練しているらしい。
あのフレデリックもそれなりに高い位の貴族ではある、しかしその家の五男らしく三男や次男の様に微かにでも家を継ぐチャンスがある訳でも無し、騎士として身を立てようと生来の生真面目さでたちどころに頭角を現し今や近衛騎士団の団長なのだから人気があるのも頷ける。
偉い者からすれば良家の五男なので元の身分が低いからと蔑むことも無く、下の者からしたら五男という普通ならばみそっかす扱いされる人が今や騎士のトップ、上からも下からも人気が高いと来れば当然うちの娘をと引く手あまただが、騎士の職務に殉じたいというので未だ結婚はおろかお相手すら居ないらしい。
「殉じるとまで言い切るかえ……」
「職務に集中するために、なんて真似が出来ないよ。流石、近衛騎士団長になる男だよ」
「いやいや、むしろ逆じゃろう。独り身より妻が居った方が職務に集中できるじゃろ、無論騎士の職務に理解ある妻であればじゃが……」
「そんなもんかな?」
「そんなもんじゃて。それにアレは独り身じゃぞ? 近衛騎士団長で良家の五男、しかも性格は真面目で悪い噂も無い、これほどの優良物件誰が見逃すものか」
「優良物件って……」
「つまるところじゃ、よほど老齢にでもならぬ限り、ずっとうちの娘をと言われ続けるのじゃぞ? これほどうざったいモノも無いじゃろう。それにじゃ、フレデリックほど優秀な男の血を絶やすのは、長い目で見ればこの国の不利益じゃぞ。フレデリックならば新たに家を与えても問題は無いじゃろうし、ま、名門になるかは後の者しだいじゃが」
「むむっ。言われてみれば確かに」
「じゃろう?」
その後、誰がフレデリックの伴侶に相応しいかという、もし本人が居たら全力で止めそうな話題を食事の用意が出来たと侍女が呼びに来るまでアニスを巻き込み、クリスと二人で楽しく話し合うのだった……。




