739手間
うんうんと一人納得したように頷いていたフレデリックが、はたと気付いたようにワシに向き直り手加減をしなければどうなるかを聞いてくる。
「前も言うた気がするがよいじゃろう。そうじゃな国が滅ぶ、は言い過ぎとしても街の一つや二つは消えるじゃろうな」
「消える、ですか……」
「んむ、言葉通り塵も残さずの」
「確かに、豚鬼の軍勢とも呼べる集団を一撃で焼き尽くした炎は凄まじかったですからね」
「手加減云々と言うのであれば、アレも手加減した上に余技じゃな。ワシの本当の力をカッコよく言うならば、そうじゃな……森羅万象の天敵というところかの」
ドヤッと腰に手を当て胸を張ってみるが、皆いまいちピンと来ていないのかフレデリックまで「はぁ」と気の無い声を出している。折角格好よく言ったのにと肩を落とし嘆息する。
「まぁ、確かにセルカ様のあの膨れる炎に巻かれては、魔物でもなんでもひとたまりもないでしょうが」
「じゃからアレも余技じゃて、ワシも昔は魔法はおろか狐火も使えんかったからのぉ。いや、懐かしい、その頃は右腕一本でやっておったモノじゃ。んむんむ、最初の大きな獲物は何じゃったかのぉ……おぉそうじゃ、顔は獅子、体はゴリラの見上げるほど大きな体躯の魔物じゃったな。その頃はワシもまだまだでのぉ、持っておったナイフにマナを通すことも出来ず魔物に弾かれて驚いたもんじゃ。しかし昔といえどそこはワシ、ひらりひらりと魔物の攻撃を掻い潜り、魔物の背後に跳ぶと貫手でそやつの背中を貫き魔石を抉り出してトドメを刺してやったのよ。その後は――」
「あの、セルカ様。お話に興が乗っている所、大変申し訳ございませんが、そろそろ準騎士たちを解散させねば……」
「ん? おぉ、もうこんな時間かえ」
気分よく話しているところにフレデリックに水を差され少しムッとしながら辺りを見れば、ワシの話を聞いていた準騎士たちや景色までも茜色に染まりもう間もなく陽が落ちることを告げていた。
「おぉ、貴重な訓練の時間を削ってしまってすまんかったのぉ」
「いえ、クリストファー様のお相手を終えられた所で、既に陽は落ちかけておりましたので」
年寄りの話は往々にして長いと言うが、まさかワシも知らず知らずのうちに長時間話し込んでいたかと内心苦々しく思っていると、フレデリックがワシの内心を知ってか知らずかすかさずフォローする。
「ふむ、ワシが居っては皆が帰り辛いであろうし、ワシはここらで退散するとしようかの」
ワシを見送るためにクリス以外の準騎士たちが整列し一糸乱れぬ礼を背中に受け、夕飯までに汗はかいていないが砂埃を落すかとアニスを伴いお風呂へと向かうのだった……。




