738手間
クリスの様子を見にたまに訪れるようになった準騎士たちの訓練場、カンカンと迫りくる槍を剣で払いながらふと今細身のドレスが流行ならば、浴衣は流石に駄目でも着物ならば良かったのではないかと思い至る。
しかし、既にワシの為に誂えられたドレスは仮縫いとはいえほぼ出来上がっており、今更要らぬはどうかと思うので、それは次の機会にするかと今は目の前のことに意識を向ける。
「ほれほれ、そんなへっぴり腰では日が暮れても掠りもせんぞ!」
「セ、セルカ……流石に、これは、きつい」
槍を持ちワシと対峙するクリスはゼッハッと肩で息をして、鎧は付けておらずその代わりに厚手の色の濃い服を着ているのだが、それでもはっきりと分かるほどにダラダラと汗をかき、顎からはポタリポタリと雫が滴り落ちて額にぺったりと汗でひっついた前髪が中々に色っぽい。
「ふむ、ではこれまでにしようかの」
対してワシは槍が尻尾に当たらぬよう大袈裟に避け、剣で大きく弾いてるにも関わらず汗どころか息一つ乱れず、クリスが腰を捻り繰り出した最後の一撃を難なく切り払うと訓練の終了を続ける。
その途端、糸が切れた操り人形のようにクリスは足をお尻から崩れるようにその場にへたり込み、足を放り出し地面に手をつき背を反らし天を仰ぎ、まるで今まで水中に潜っていた人が浮き上がって来たかの如く大きく何度も息をする。
「クリスや、確かに突きは防御はし辛いのじゃが、そればかりに頼ってはいかんぞ。たまに軽く穂先で払うなどして意表を突かねば当たるモノも当たらぬ」
「けど、あまり大きく払っても槍の重さで体が流されるし、小さく払っても大した傷は負わせられないんじゃ?」
「そうじゃな、じゃが掠らせるだけでも十分効果はあるのじゃ、生身ならば多少は傷を負わせれるじゃろうし鎧でも着こんでおれば結構な音が鳴るじゃろう。生きるか死ぬかを賭けた場面で掠っただけといえども当たったというのは中々の重圧になる、らしいからの。その動揺の隙を突いて――」
「セルカ、セルカ」
「なんじゃ、人の話を遮るのは良くないのじゃ」
「それは、悪いとは思うけれど。多分、ぼ、私たちはそんな達人の域の戦いはしないと思う。相手するとしても盗賊か魔物だろうし、盗賊が一騎討ちでも持ちかけてこない限りは、けど盗賊相手にそんなことする訳ないし」
「むむっ。それもそうじゃな、ふぅむ、ワシの言うのもコレ受け売りじゃしの」
剣は子供の為に習ったからそれなりだが、槍はカカルニアでは一般的では無かったので手すさびに習ったに過ぎない。
「じゃあ、セルカが戦いのときに気をつけてる事を教えてよ」
「ふむ、ワシがのぉ。恐らくと言うか確実に参考にならんとおもうのじゃが?」
「それでも」
さてどうしたものかと考えていると、クリスがひょんな事を言うものだから準騎士だけでなく、フレデリックや騎士たちまで、ワシの戦いのときに気をつけていることを聞きに来る。
「お、おぬしらまで。いや、本当に、本当に参考にならんが聞くのかえ?」
ワシは念を押すが、かえってそれが何ぞ重要なことでも言うのかと周りの者の緊張を高め、中にはゴクリと聞こえるほど喉を鳴らすものまで居る。
「実に下らぬし、全くもっておぬしらの参考にならんが……如何に手加減するか、を考えておるのじゃ……」
「あ……あぁ……」
納得とため息を混ぜたような声を出したのは誰だろうか、準騎士たちは「えっ?」とでも言わんばかりの呆けた顔をしているが、クリスや騎士たちはなるほどと頷き、中でも特にフレデリックはなるほどそれは重要だとばかりに、感慨深げに腕を組みうんうんと何度も頷いているのだった……。




