71手間
夢を見た、ひどく懐かしいと感じたが…そうか、前世の夢か…。父に母、妹に恋人…いや、元だったかな?たしか転生する少し前にフラれたんだっけ?フったんだっけ?まぁどっちでもいいか。
郷愁を感じることはあっても未練はない。むしろ忙しく時間に追われることのないこっちの生活の方が性に合ってるとも言える。元の世界に帰っていいよって言われても断固拒否する。
寝台に横たえていた体をゆっくりと起こし、なんで今更こんな夢を見たのかと思いつつ寝台についた手の感触に、もしかしてこのふかふかな寝台で向こうのベッドを連想したとかで思い出したんじゃ?という考えに至り、その何ともな理由にクスリと笑う。
「しかし、夕食であればアレックスかカルンが呼びに来るしのぉ。そんなに長くは寝ておらんかったのかの」
寝る前から外は暗かったため、どの程度寝てたかはわからないが、夕食であれば誰かが呼びに来るはずなので、そこまで時間は経ってないだろうと思いつつも、どっちにしろそろそろ夕食の準備は終わる頃だろうと腰を上げる。
宿の食堂。いやさすが高級宿と言うべきか、以前カルンと行った高級レストランにも見劣りしないほどの立派さだった。
そのレストランの中、普段は豪華な服をまとった金持ちが主役なのだろうが、今は従業員以外はハンターしかいない。それでもその身なり等を見るに高級宿を斡旋されるに相応しい実力を持った人達なのだろう。
いまだ予断を許さない状態だからか緩んだ表情をする者はおらず、今後の事を話し合いながら食事をとっているハンター達の中、珍しく暗い表情で黙り込みテーブルを囲んでいるカルンを除くアレックスら三人がいた。
「なんじゃ、まだ飯が出ておらぬからそんな顔をしとるのか?」
「あぁ、セルカか…」
「まさか…カルンになんぞあったのかの?」
空いてる席に座りその雰囲気に茶化して声をかけてみたが、それに反応するでなし一声発しただけですぐさま黙り込んだその様子に、ここに居ない彼に何かあったのではないかと急に心配になる。
「いや、カルンは部屋だ…ちょっと気分が悪いらしくてな」
「そうか…大事が無ければ良いのじゃが」
その言葉に一先ず安心し、ちょうど近くに来た従業員に注文…といっても今はメニューなどなく決まったものが出てくるだけだが、アレックスらはすでに注文を終えているらしく自分の分も出してもらうよう頼む。
「それで?おぬしらが珍しく落ち込んでおるのはどうしてじゃ?カルンの事で無いとすればなんぞあったのかの?」
「それなんだが……あ、いや…」
アレックスは一度言い淀み深くため息を吐き、しばらくしてまるで口が鉛でできているかの様にゆっくりと話し出した。
「実はな、近くで戦ってた幾つかのパーティが喰われるのを見ちまってな…」
「そうじゃったのか………。じゃが、死んだ者に向けて言う事ではないがそれぐらいであればいつもの事であろう?」
死者を想い軽く黙祷し、確かに目の前でとなるとかなり来るものがあるだろうが、それでもこの世界目の前で魔獣に食い殺されるなぞハンターでも良くある事だ。知り合いであったのであれば分かるが口ぶりから考えるに赤の他人の様で、ここまで暗い雰囲気を醸し出す理由がわからない。
「確かにそうだ、珍しいことじゃねぇ。ハンターなんてやってんだ、いつか食い殺されるなんて覚悟の上だ…あの時だってそう思ってた」
そういってアレックスはテーブルの上で揺れるランプの灯をどこか虚ろな様子で見つめ、ぽつりぽつりと語る。
「そいつら少し突出しててな、下がれって注意する間もなく一人押し倒されちまってな、その瞬間そいつに何匹も何匹も後からあとから群がっていくんだよ。そいつが支えてたんだろうな、他の奴も一気に瓦解して同じように… 助けられなかった。そいつらとの間に敵がまだまだ沢山いたから動けなかった…ってのは言い訳で、今考えたら怖くて動けなかったんだろうな、宿に来て気が抜けた途端、怖かったんだって気づいたんだ。今更怖くなっちまったんだよ…」
静かに、けれど吐き捨てるかのように声を荒げる。
「そうじゃったか…ではおぬしらはここらで帰るかの?依頼を受けたのは厳密にいえば二のワシだけじゃ。氾濫であれば数が減った今終息しつつあると言っても良いじゃろう。現に移動し始めとる奴らもおるしな。おぬしらが帰ったところで誰も責めはせんよ」
その言葉に声は出さなかったものの、三人とも安堵とも動揺とも言えぬ目をする。
「とはいえ今回の氾濫がただの大規模なものでは無い事くらい分かっておろう?普通ふた月も続く氾濫なぞあるはずもない、長くとも半月じゃ。それに衛兵の話によれば、ここに氾濫が押し寄せた当初はあれほど数はおらず、段々とまるで詰まるかの如く数が増え、遂にはあれほどの規模にまでなったと。これも言い方は悪いが、ある程度以上集まると、エサが減るのを危惧するかのように分散するのが常じゃ。経験を積んでおるおぬしらでおればこれが如何に異常な事態かわかるであろう?明日からもまだまだ魔物退治はあるし、それに今後東に行くかもしれん。その時いまのおぬしらではみすみす死にに行かせるようなものじゃ。これはワシが受けた依頼じゃ、ワシの依頼でおぬしらを殺しとうは無い」
そこまで言い切ってじっと三人の目を真正面から見据える。
「……すまない…少し、少し考えさせてくれ」
丁度、というか間が悪くというべきか…彼らが目を伏せたタイミングで運ばれてきた食事に黙ってそのまま手を付け始めた。そんな三人の様子に従業員が心配そうな顔をするが、疲れただけじゃろうと言うと心配そうな顔のままではあるが離れていった。
賑やかとは違うが喧噪の中、ここだけがまるで別の空間であるかのように静かなまま食事を終える。
「カルンは結局来んかったが、その光景を見てしまったのが原因…かの?」
「いや、カルンは見てねぇ。最初は別の方を向いてたし、インディが目を塞いでいてくれたからな。覚悟してるとはいえ、あんなの人の死に方じゃねぇからな」
「そうじゃったか…」
明日以降参加できるかどうかわからないが、それでも食事を摂らないのはまずいだろうと、従業員に部屋で休んでいる人の分といって食べやすいものを用意してもらい、カルンの部屋へと向かうことにした。




