70手間
突撃してからどれだけ経っただろうか、すでに日は落ち辺りが薄闇に包まれる頃、黒い濁流だった氾濫は枯れかけた川へと変貌していた。
周囲を覆いつくす程の数はもうなく、軍隊であれば壊滅、全滅と言っていい状況だろう状態でも尚、躊躇や恐れなぞ一切ない動きで残った魔獣や魔物が襲い掛かってくる。
街へと殺到していた魔獣・魔物の流れは、途中からほぼ全てワシへと狙いを変更してきたようで、戦場を駆けまわる必要なく戦うことができた。そしてその悉くがワシにその牙を届かせることなく雲消霧散していった。
「後続も散発的にしか襲ってこんようなったし、ひとまずここらで引き上げるかの」
「あぁ、そうだな。これ以上暗くなったらいろいろ危険だしな」
アレックスが近づいてきたため爪は消滅させたが魔手は出したまま、アレックスも頷きつつも剣を抜いたまま周囲を警戒している。
周囲を見渡せば、元々ここは畑だったのだろう、無残にも踏み荒らされ抉られている。もっとも抉ったのはワシだが…。
しかし、今や見る影も無いとは言え、あれほどの数をひと月以上耐えたこの街はすごいなと、誤射防止の合図を出しながらぼんやりと考える。
街へと近づくと魔獣などの姿は無くなり、座り込んで休んでいたり話し合っているハンターや衛兵の姿なども出始める。
そして彼らはワシらが…いやワシが通るとビシッと姿勢を改め、サッと道を開ける姿は実に面白かった。既に魔手も消しているので傍から見れば筋骨隆々の大人が華奢な少女にビビって道を譲っているのだ、面白くないわけがない。
「んむ、くるしゅうないぞ」
「どこの貴族様だよ」
「セルカ様じゃ!んふふふ」
そこは殿様じゃ?とジョーンズのツッコミに思ったが、そういやこの世界に殿様なぞおらんな、と思い直し上機嫌にそう答える。
「はぁ、ずいぶんと上機嫌だなぁ…ここに居る誰よりもぶっとんだ動きしてたっていうのに。俺はもうクタクタだぜ、できるならここでぶっ倒れたい気分だ」
「ぱわーあっぷしたこの手の力も見れたし、大多数を一人で打ち倒すというしちゅえーしょんもなかなか燃えるものがあったのでの。まだまだワシはやれるぞ!」
「いや、やめてくれ?」
肩を落とし疲労困憊といった感じで歩きつつ訊ねてくるジョーンズに答えると、アレックスから至極全うな言葉が返ってきた。
「さすがに冗談じゃよ。疲れてないのは本当じゃがの」
マナの濃くない街の周囲であれば、ハンターと言えども多少体力に自信のある人達でしかない。しかしワシの魔手は言うなればHP,MP,そしてSP吸収効果のある武器であり、一撃で倒せるような奴相手であれば、倒せば倒す程却って元気になる。
街へ入る門へとたどり着くと、流石に開門まではされないが、脇にある人専用の通路へと衛兵達に最敬礼で誘われ街へと入る。中に入れば疲労困憊で倒れている者、怪我をして処置をしてもらっている者、すでに動かない者など、まさに戦闘陣地といった様相だった。
「っと、ここで呆けておっても邪魔なだけじゃの。ワシらの宿なぞはどうなっておるんじゃ?」
「はい、ハンターの方の宿はギルドの方で管理されているようですので、一度この街のギルドまでお越しください…えぇっと…」
「セルカじゃ」
「セルカ様、今回は街を救っていただきありがとうございました」
「ワシは要請に従って戦っただけじゃよ、救ったなぞ大層な事はしとらん」
深くお辞儀をする衛兵にそう言ってギルドの場所を教えてもらいそこへ向かう。
ギルドへと着けば既に建物内には入れないのか、外でギルド職員が止まる宿などの忙しく指示を出している。黒山の如き人だかりができているため、腰を落ち着けて休めるのはまだ時間がかかりそうだなと思っているとギルド職員が一人此方へ駆けつけてきた。
「セルカさ…様ですね?一応カードをお願いします。………はい、ではすぐそこの宿へお願いします」
「おぉ近いの。しかもかなり良い宿じゃのぉ。しかし、ワシがよくセルカじゃと分かったの?」
「二のセルカ様が来ると別のギルドから連絡を受けていましたし、それに衛兵や他のハンターから一番の戦功と共に容姿も聞き及んでいましたからね。沢山尻尾のある狐の獣人なんてまずいませんから」
「なるほどのぉ、さすがに時間を取らせるわけにもいかぬし、これで失礼するのじゃ。あ、そうじゃアレックスらも同じ宿でよいのかの?」
「はい、もちろんです。ではお言葉に甘えさせていただきまして、私はこれで」
そう言うや職員は走って戻り、他のハンター達に再度指示を出しはじめた。
「それではワシらも行くかのぉ」
ギルドの斜向かいにある一目で高級と分かる宿の入り口を潜ると、恐らく残った一般人のここの従業員であろう人物に恭しく部屋まで案内された。
夕食が準備でき次第お呼びしますとの事だったので、いつもの宿とは比べ物にならないふかふかの寝台へと身を沈めるとすぐさま睡魔が襲ってきたが、倒す事はせずそのまま襲われてしまうことにしたのだった。




