69手間
左へと大きく進路をずらしているため、そのまま直進した新米部隊が一足早く街へと入り、門が閉まるのが遠くから確認できた。
特に動きに混乱も見えなかったので魔獣などの襲撃は無かったのだろう、杞憂はしょせん杞憂だった。
いまだ日は沈んでおらず普段であれば喧噪に包まれているであろう街は、まるで真夜中のようにシンと静まり返っている。
そんな静寂に包まれた街とは裏腹に、獣の咆哮と人の怒号が聞こえ始めた頃、いよいよ本格的に襲撃に備えて各パーティが十分すぎる距離を開けてバラバラに散っていく。
すぐさま前線にたどり着きたいものは街のすぐ傍を通って、ワシらは逆に、街からの誤射を警戒して少し距離をとりつつ回り込む。
「うーむ、明るいからまだ良いが、暗くなって来たらワシは狙われそうじゃのぉ…」
「あー、右手だけみたらなぁ…。なるべく早く数を片付けて、街の中に入るしか無いだろうな」
街へ襲撃をかけている氾濫の本流とそれに着弾する魔法などが見え始めた頃、いよいよ此方にも本流からあぶれた魔獣や魔物が襲い掛かり始めた。
ありがたいことに生まれたばかり…いや、発生したばかりとでも言えばいいのか、魔物はまるで脱皮したての甲殻類かのようにものすごく脆い。
「何とも…出来立てであれば魔物の方が容易いっ!…とはのぉ」
「その分、魔石なんかは手に入らないっ!…がな。けれどしっかり討伐数は計算されてるっ!から、数で稼ぐんだよ氾濫は」
散発的に襲ってくる魔獣や魔物を鎧袖一触で切り伏せながらアレックスと会話する。
しかし、ダンジョンの魔物でも、もう少し手ごたえはあった。強い弱いの話ではなく、文字通りの手ごたえが。
何といえば良いのか、あえて例えるならば水気を失って触れるだけで崩れるような土塊のような…魔手や剣で切り裂かずとも、蹴っ飛ばしただけで塵となるのではないかと思うほどだ。
不思議なことにしっかりと大地を蹴って此方に飛びかかってくる。襲い掛かってくる牙や爪にしても、避けずとも当たっただけで勝手に崩れるのではないかとふと考えたが、流石に試す気にはなれない。
「肉がある分、魔獣の方が硬いとはいえ腐った肉の様で何とも言えぬが」
全体でみれば魔物の方が数が多そうな気がする。通常発生とは違い元となる動物が必要な魔獣に比べて、マナさえ有ればいくらでも生み出される魔物の方が増えやすいのだろう、もちろんマナが穢れたマナへと変わってしまう何らかの仕組みがあれば、だが。
いつかの洞窟のスライムなんかがいい例で、通常の魔物は只管に魔獣がその身にマナを溜め込み、その身すらすべてマナで構成されるほどにマナを凝縮した結果生まれたものだ。だからこそ硬い…まぁ、ワシにとってはどちらも変わらぬが。
穢れたマナの集合体が魔物だとすれば、逆に純粋なマナの集合体も理論上は存在しうるのでは無いかという話になるが、これはお伽噺には存在しており精霊と呼ばれるらしい。
そもそもマナを集め蓄えるという行為は生物しか行わず、そして生きるという行為は如何しても穢れたマナを生み出してしまう。
晶石や魔晶石というものもあるにはあるが、あれはただ器としてだけしかなく、そこに魂が無いため精霊になることはないというのが通説だ。
精霊か…一度会ってみたいが…閑話休題、現在その大多数の魔物に交じって魔獣が襲ってきている形になっている。
土塊の魔物に対して魔獣は腐った肉のような手ごたえで、まるででき損ないのゾンビを殴っているかのような気分だ。もちろんそんな経験などないが。
「よし、はぐれは始末した!本流に突っ込むぞ!」
「アレックスや、張り切るのはよいが、ワシに近づくでないぞ?一緒に吹き飛ばすかもしれんからのぉう」
カカカッと笑うワシに苦笑いでわかったと返してくる。
「俺達は固まって戦闘だ!久々の四人での戦闘だ気を抜くなよ。おっとそうだ………大丈夫だと思うがセルカの方にも気を配ってやってくれ」
アレックスが叫び、後半はカルンに何か耳打ちしていたようだが、戦場の音にかき消され聞こえることはなかった。
「ふむ、暗うなって街に近づく時は誤射で魔法を食らわぬためにも、指先に火種を灯し大きく円を描いて合図を送るのを忘れるでないぞ?」
全員が頷くのを確認すると、黒い魔獣や魔物の群れ…まるで黒い濁流のようなそれに向き直り魔手へとマナを籠める。
「くくく、出し惜しみなぞ無しじゃ!とくと味わうとよい!『ファントムエッジ』!!!」
火のダンジョンでデュラハンを倒して以来使っていなかったのだが、以前と違い指の上に少し空間を開け、まるで覆いかぶさるかのように竜の爪の如き太く鋭いカギ爪が現れた。
「ほほう、これはこれはパワーアップしたということかの?丁度よいのぉ、試し切りの的には事欠かぬようじゃしの!」
竜の爪によって一回り大きくなったと感じるその右手を振りかぶり、アレックスらが進む方向から離れるように黒い濁流へと駆けだしていく。
一閃、振り抜いたその一撃は魔獣、魔物の区別なく十を超える数を文字通り消滅させた。魔手がまだマナを喰う前ですら以前とは別格のこの威力、最早完全に別物と言っていいだろう。
「ふははははは!よい!よいぞ!見ろ!魔物がゴミのようだ!!!」
振り抜く度に十が二十に、二十が四十へと増えていき、一掃という言葉が相応しいその様に得も言われぬ高揚感で心を躍らせる。わかる人が見れば中二病乙と言ってしまう方向に…。
「ふははは!ワシこそが!一騎当千の武士よぉ!ふははあははははは!!」
「お…ぉう…、このあたりの奴ら全部セルカに向かって行きはじめやがった…。助けは…いらねぇな…つかこえぇ…」
ジョーンズが漏らしたその呟きにセルカ以外の四人は即座に同意し、憐れみを多分に含んだ顔でインディがカルンの肩に手を置いた…と言う事があったのは、高笑いを続けているワシが知ることなど終ぞ無かった。
こう…汚れがごっそり落ちた時のあの感じ…。




