673手間
聖堂の中は身廊の左右に数人がまとめて座れそうな椅子が、孤児院の聖堂と外から見た大きさ自体は変わらないのだが、中が少し狭く感じるのは椅子と側廊の間をアーチが区切っているからだろう。
「さて、セルカ様のお立場でございますが」
「あ、うむ」
聖堂に入り扉が閉められるとゆっくりと身廊を歩きながら、早速とばかりにフレデリックが話し始める。
「エヴェリウス侯爵令嬢、そしてクリストファー王太子殿下のご婚約者。これがセルカ様の今の身分でございます、しかし神官に対しては無論無視し得るモノではないですが、この身分と言うのはあまり意味がございません」
「は、はい。神の前では皆平等であるというのが我々の教えにありまして、も、もちろんこれは神から見てという訳でありますので、決して貴族様と平民を同じに見ているという訳では……」
「あぁ、無理に持ち上げずともよい」
最初に見た矍鑠とした姿はどこへやら、冷や汗でびっしょりとガウンの襟を濡らし、背が曲がっているのではと思うほど腰が低くなっている。
「ですが上下と言うものが無ければ混乱してしまうのが人と言うもの、それは神官も同じで彼らには彼らの爵位とは違う上下があるのです。セルカ様が町長や司祭殿に何と呼ばれていたか覚えていらっしゃいますか?」
「んむ、当然じゃ、座下……じゃったかの」
「座下と言うのは本来彼らの身分に当てはめますと、神都の聖堂のトップである主席司教殿の敬称なのです」
「ふむ」
「我々貴族であれば公爵家当主に匹敵し、実際に公式の場では公爵家当主相当の扱いを受けます」
「なるほど、しかしワシは神官では無いのじゃが?」
「ぞ、存じ上げております。ですが、セルカ様は我らが敬愛する猊下と同じ御印をお持ちであらせられる方。その様な御方に我らが今出来る、最上位の敬意の表れと思っていただければ」
「なるほどのぉ」
フレデリックと噛みながらも会話に何とか参加してくる司祭の話を聞いていればいつの間にかワシらは身廊の終わり、祭壇の少し前身廊と側廊を繋ぐ道、翼廊が交差する場所とたどり着く。
「セルカ様、ここより先のエスコートは司祭殿に」
「ふむ?」
「聖堂ではこの翼廊より先は、神官もしくは猊下のみ立ち入ることが許されているのです。これは例え国王陛下といえども覆すことは出来ません」
「そうなのかえ? ならばワシも入れんのではないかの?」
「御印をその身に宿されております御方を阻むものなどありません」
「ふむ。ん? そういえば、孤児院の聖堂ではあの祭壇辺りに色々置いてあったが、神官以外が入れんのではないかの?」
「孤児院の聖堂は司教。この領の領都いらっしゃいます、端的に言えば私めの上司といえるお方の宣言で猊下の祝福が此方の聖堂に移っておりますので、正式には聖堂とは呼べないのです。本来祝福を分けるのではなく移すのは祝福を無くすため、その聖堂にとって大変不名誉なことなのですが、司教は孤児に余すところなく使って貰うためにあえて祝福を移したと」
「ほぉん、分霊とかそういうのかのぉ……」
こっちの宗教も宗教で色々区分があったりなんだりで面倒なんだなぁとようやく落ち着いたのか、当初見た矍鑠とした姿に戻った司祭の後に続き、信者に説教しやすくするためか一段高くなっているステージに登り、更に凸の字をひっくり返し尖った部分が入り口へと向くよう作られている更に一段高くなった祭壇を置くためのスペースの前へとやってくるのだった……。
 




