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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
第三章 女神の願いの片手間に
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67手間

 コンコン、コンコンと控えめなノックの音に目を覚ます。落とし戸の隙間から漏れる光を見るに昨日はあのまま眠ってしまったようだ。


「セルカさーん、朝ごはんにしましょー。みなさんもう食べてますよー」


「んむぅ、すぐ行くので先に行っておいてよいぞ」


 わかりましたと離れるカルンの気配を感じつつ、体を起こし寝台縁に座って立ち上がろうとして尻餅をつく。寝ぼけているのかまだ働かぬ頭を振って体を見れば昨晩大きくなったままの姿だった。


「維持は今の状態でも出来るようじゃの…しかし、体が重いのぉ、まるで水中に居るようじゃ」


 維持はできるがそれに大半のリソースが割かれていて、満足に運動はできなさそうだと思い元に戻ろうとするが、そこでふと悪戯心が鎌首をもたげてくる。


「せっかくじゃからこの姿を見せて反応を楽しむとするかの」


 幸いな事に下着は余裕のあるつくりなためサイズ調整は容易。上下のアウターは女神さまからもらった一着だけは謎のサイズ調整により普通に着れるという何ともありがたいご都合主義。

 いや、この能力があることを知っている女神さまなら当然の仕様と言ったところか。しかし、自動調整込みでもかなりのローライズとなり、上のベストはぱっつんぱつんだ。


「うーむ、見ようによってはかなりきわどいが…女神様の趣味なのかのぉ…」


 タライに残っていた水で全身を確認した後、落とし戸から身を乗り出しタライの中の水を捨てる。洗面台などというものはないため、大抵こういう場所には水を捨てるための側溝が落とし戸などのすぐ下にあるのだ。


「スズリやー、ゆくぞー」


 まだ寝ていたスズリに声をかけるとすぐに頭の上目がけて登り始めるが、身長も百七十くらいであろうかそのくらいに伸びているのでちょっと登るのに苦労しているようだ。

 いつもよりちょっとだけ時間をかけて定位置へと移動したスズリを伴って食堂へと向かう。相変わらずたくさんの人の気配を感じるとパッっと尻尾へと隠れてしまったが…。


「待たせてしまったかのぉ」


「いや、先にくってぇ………」


 近くにいた従業員に朝食の注文をした後、食堂の入り口付近で先に食べていたアレックスらに声をかけると食べる手を止め此方を見上げた(・・・・)アレックスがスプーンをぽろりと落とし固まってしまう。

 朝の喧騒の中、意外なほどに響いたからんからんという音に、食堂にいた他の者も何事かと目をやりザワリとなって男女関係なく呆けている。

 女性はただただ見惚れ、男性は胸や腰、お尻などを凝視しているのが露骨にわかるほどの視線を投げかけている。


「ワシじゃよ、セルカじゃよ」


「はぁあああああああああああああ?」


 その反応にニヤリとしつつも、まだ固まっていたアレックスに声をかけイスに座ると、漸く脳みそが働いたのか心底驚いたとばかりの絶叫をあげる。


「おぉおぉ、そんなに驚いてもらえるとワシもがんばった甲斐があると言うものよ」


「いやいや、まさかそんなになるとは思わないだろ。せいぜいあのままでかくなると思ってたし」


「あのまま大きくなってしもうたら、それは大人というよりただのぬいぐるみではないかの?」


 まだまだ混乱している様子のアレックスの横で口をポカンと開けているカルンが目に入る。


「ふふふ、カルンより大きくなってしもうたのぅ。どうじゃ、ワシの膝の上でゆるりと休むかえ?」


 ちょっとした悪戯心で殊更に妖艶な美女というものを意識し声に色を乗せて、動きも艶やかにカルンを誘ってみると言葉もないのかあうあうと喘ぐばかりだった。

 ちょうどそのあたりで従業員であろう少女がお盆に乗せてパンやスープなどを持ってきたので、ありがとうとお礼を言うと「ひゃ、ひゃい!」とかわいらしく噛んで真っ赤になって駆けて行ってしまった。


「う~む、この姿は男女構わず目に毒のようじゃのぉ…」


「あぁ、セルカだって知らなければ思わず口説きたく…いや、緊張しすぎて声をかけることすらできねぇだろうな…」


 アレックスに代わりいままで黙っていたジョーンズが口を開く。


「しかし、これからはその姿でいくのか?正直、目の保養だし一緒に歩けば嫉妬の目線独り占めしそうではあるが…色々と変なのに絡まれそうじゃね?」


「それじゃがの、この姿を維持するのにいっぱいいっぱいでまともに運動なぞできそうにないからの、朝食が終わったら元に戻るのじゃ。おぬし等を驚かせるためにこのままなだけじゃったからの、面白い反応をしてくれて満足じゃよ」


「そうか、それならいいんだ」


「おぉ、そうじゃ。元に戻った後、反動で動けぬかもしれぬしアレックスや、ギルドに行ってワシの代わりに報酬と情報を受け取って来てはくれぬかの」


 首肯するアレックスを確認し、一挙手一投足に視線が集中するという面白い状態の中で朝食を食べ終わると、さっさと部屋に戻り元の姿となる。

 ぶかぶかとなった下着を今の体に合うサイズへと戻し、寝台へと身を投げる。


「はぁ、なんという解放感じゃ…」


 つい先ほど起きたばかりだというのに重くなっていく瞼に逆らうことをせず、そのまま横になる。そしてその知らせをアレックスが持ってきたのはその日の夕方だった…。



「ふむ…まだ無事とはなかなかやるのぉ」


 いまワシらは連絡がつかなくなった最も東にある領地の、西へ二つ隣のやや南方面にある領地のギルドへと集合していた。アレックスがあの日持ち帰ってきた情報は、最も東の領を抜けた魔獣の群れが次の街へと迫ってきたというものだった。

 それからワシと同様待機していたハンター達がひと月かけてここまで来た訳だが、その間侵攻に耐えられたのは、(ひとえ)に防衛に徹したことと、東から八の字に広がるように街が増えていくため、群れの標的が分散したお陰という話らしい。

 ここまで馬車で来たが次の氾濫の最前線となってしまった街へは徒歩で向かう。しかしそれでも途中何事もなければ一日程度で着く距離だ。それほどまでにこの東多領の各々の領地は狭く、多領の名のとおり多数の領地がひしめき合っている。

 すでにこの街の住民も避難を終えている為、逃げたがらなかった人とハンターやその関係者だけが残っている。しかしかなりの数のハンターが集まっているため、寂しげという感じは一切ない。

 明日一斉に出発するという話だったので、ギルドが借り上げている宿で何とも言えない雰囲気の中、食事をとり明日からの戦いに備えるのだった。


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