657手間
アニスに手を引かれたまま隠れ家の一室へと向かうと、早速とばかりに手早く服を脱がされ桶に張られた湯で身を清められる。
ワシが濡れた尻尾などを法術で乾かしていると既に用意していたのだろう、爽やかな空色のシンプルな、それでいて仕立てのよいドレスへと着替えさせられる。
「お嬢様、よくお似合いでございます」
「それは良いのじゃが……なぜに?」
実に嬉しそうな弾んだ声でワシを褒め称えるアニスに、ワシは困惑した表情で尋ねる。
このまま隠れ家で待機しあとは来た時と同様ひっそりと帰るつもりだったのだが、どう見てもこのドレスは部屋着の類ではなく、派手派手しさはないものの、このまま簡単なパーティーであれば出席できそうなほどに立派な物だ。
「それは勿論、お祭りに出る為でございます」
「あぁ、やはり外の騒ぎは祭りじゃったか。しかし、来た時はそのような気配はなかったのじゃが?」
「降臨祭でございますからね」
「ふむ?」
名前からして如何にも宗教関連のようだが、決して長くは無いがそれなりにこの国に居るはずであるが、ワシはとんとその名を聞いたことが無い。
それにアニスの口ぶりでは特に開催日が決まってないような……そう、突然祭りが予兆なく始まるようではないか。
「降臨祭、その名をここに来るまでワシは一度も聞いたことが無いのじゃが?」
「セルカ様が居られた街では一度も開催されておりませんでしたから」
「なぜじゃ?」
「それはですね、降臨祭というのは本来は神王様が街々やその近くにご降臨されたことを感謝する日ですので、場所によって開催時期は違うのです。ですがそれでは降臨祭が開催できぬ街があるということで、大きな街などでは同じ日取り、初代様がご降臨なされたと言われている、新たな巡りに入って二週の後に行うことになっているのです」
「ふむ、やはり決まっておるではないか、それにエヴェリウスほど大きな街であればそれは盛大に祝っておる筈じゃろう」
「それは猊下が体調を御崩しになられておりましたので、その間は開催されないのです」
「ほほう、なるほどの」
「それと開催時期ですが、決まっているのは大きな街と言いますか余裕のある街だけでして、小さな村落や町などではその地に残る伝承に合致した時のみ開催するのです」
「なるほど、つまりこの町で丁度その伝承に合致したことが起こったのじゃな」
ポンと手を叩き、なるほどとアニスの話に相槌を打つ。
ただ単にワシが居ったのが自粛期間だったという事か、小さな村々が毎回決まった時期にやらないのは要はお祭りをするほどの余裕が無いからだろう。しかし、そこではてと首を傾げる。
肝心要の神王はまだ隠れた……死んだことを伏せてはいるが体調を崩していることは知っている筈、アニスの話通りであればまだ自粛期間だというのになぜ開催したのだろうか。
「此度は何を理由に開催したのじゃ?」
伝承に合致したという事は自粛よりも比重が重いのかもしれない、そう思いアニスに聞けばアニスはニンマリとそれはもう嬉しそうに口角を上げる。
「それはですね、空を覆いつくさんばかりの炎、でございます」
「……ワシではないかっ!」
アニスの言葉を飲みこみ理解するとワシはペチンと額に手を当て、アレをやったのはワシだと伝えるよう言ってしまったと天を仰ぐのだった……。
 




