648手間
ニヤリと笑いかけたところで目の前の魔物と化したモノは分かるはずも無く、そもそも目があるのかすら怪しいが、何の反応を示すことなく未だに棘を撃ちだし続けている。
心なしかさっきまでよりも多く撃ちだされてる棘を、先ほどと同じ様に炎の幕で防御しながら接近する。そしてまた同じようにワシを殴ろうと迫る残った脚を、魔手の一薙ぎで抉り取る様に消し去る。
雑に草刈り鎌で刈った跡のようになった体を魔手でガッチリと掴み、一歩二歩と大きく下がってずずりずずりとその巨体を建物から引きずり出す。
体を挟んでワシのちょうど反対側、残った脚で必死にもがいているが、ワシにとっては赤子の駄々ほどの抵抗も無くその巨体がすべて白日の下へと晒される。
この巨体が支えとなっていたのだろう、後ろの方でガラガラと建物が崩れているがどうせ使うとしても建て替えが必要になるレベルで壊れていたのだ、むしろ壊す手間が減ったと思って貰いたい。
「さて、折角のお披露目じゃったが、さよならじゃ」
グルンとその場で半回転する勢いでヤツをゴリゴリと地面を削りながら振り回し、ちょうど崩れる建物に背を向けた辺りで力の方向を上へと変え、更に思いっきり魔手を振り上げて巨体を掴んでいた手を放す。
グオンという轟音と共に射出と言ってもいい速度で放り投げられた魔物は、グングンと上空へと昇っていき二度三度、白い傘のようなモノがその黒い体に纏わりついたかと思うと曇天の空を突き抜け、空を覆っていた雲を円形に弾き飛ばして曇天から一転、晴天となった空を更に上空へと昇ってゆく。
「セ、セルカ様? あのままではどこかに落ちてしまうのでは?」
「んむ、そうじゃな。真上に放り投げたとはいえここに落ちてくることは無いじゃろうが、どこぞの村などの近くに落ちられても困るからの」
これはもういらないだろうと炎の壁を消せば、上を見上げながらもフレデリックが不安げに言う。
フレデリックの言うことも尤もであるし、元より投げ飛ばすだけのつもりも無い。九本の尻尾の内、八本の先っぽに蒼い狐火の玉を灯し、左手を飛んで行った奴の方へと振り上げる。
すると狐火は解き放たれた猟犬の如く、奴を追いかけ不規則な軌道を取りつつすさまじい勢いで追跡し上空へと駆けあがり、晴天の空よりもさらに蒼い華を八つ咲かせる。
「む、あやつめ意外と丈夫じゃな。今ので消し飛ぶと思うたが耐えおった」
「セ、セルカ様」
耐えたと言ってもそれは消滅していないと言うだけで、恐らく落下の衝撃だけでも……いやそれ以前に落ちる勢いだけでも完全に滅せるだろう。だがそれではカッコ悪いし何より少々地味だった。
なればと今度は先ほど飛ばした狐火より二回りほど大きい球を左手の上に出現させ、魔法を使う要領でマナを加速させ狐火に注ぎ込む。
更に既に黒い点となった奴に追いつけるよう、指を通す輪の無い投げ槍ほどの大きさもある峨嵋刺の様な、引き伸ばされた楕円形へと狐火の形を変える。
「さてと、これで仕舞じゃ!」
槍投げ選手の様なフォームで狐火を投げれば先ほどの飛ばした狐火よりも速く、音を置き去りにするような速さで新たな狐火は飛んで行く。
雲より高く遥か上空で狐火が奴に着弾した瞬間、まるで頭上に星が落ちてきたかのような巨大な爆炎が巻き起こり、たっぷり数拍置いてから叩きつけるような爆風がワシらの下まで押し寄せる。
爆炎がその威容とは裏腹に融けるように青空に消えてゆくと、爆風で吹き飛ばされたのだろう辺り一面雲一つない晴天となり、空にはシミの一つも在りはしない。
「んむんむ、ちとやり過ぎた気がせんでも無いが、これだけ派手にやれば哀れな魂も世界樹の許へと還れるじゃろうて」
魔手を消し両手を腰に当て天晴れな蒼天に向かい、ドドンと擬音が付きそうな勢いで胸を張るのだった……。




