622手間
金庫から取り出した壺は胴回りは一抱え、高さは赤子の背ほどもある大きさで、細長く切られた犢皮紙で蓋との隙間を塞ぐよう何重にも巻かれた上に蝋などで厳重に封されている。
封を剥がすたびに壺の中からであろう臭いが強くなっていくが、それは先ほどまで感じていた酸味の強い刺激臭とは違い、そこから刺激が取れて漬物に近い香りがする。
とは言え食べ物という事は無いだろう、例えどんなに貴重な食べ物でも金銀財宝と同価値だろうとしても、いやだからこそ、毒と一緒に食べ物を保管する阿呆は居ないはずだ。
そんな詮無い事を考えている内に封をしている犢皮紙、最後の一枚がハラリと床へと落ちる。
「さてと中身は何じゃろうな、っと……ふぅむ、暗うてよくみえんのぉ」
壺自体の大きさと角度の問題か、部屋を照らしているランタンでは壺の底までは見通せず、ワシが指先に光の玉をだし壺の口に近づけた瞬間、知らず知らず「ヒッ」っと引き攣るような声が口から漏れる。
「何だぁ、何が……うげっ」
固まるワシを不審に思ったカルロがワシの横から覗き込むように壺の中を見れば、鳥の首を捻ったかのような声をあげ、口を押えてそのままドタドタと部屋を出ていってしまった。
「セルカ様、一体中には何が……」
「見るかえ?」
「いいえ。私は遠慮しておきます」
ワシの様子とカルロの惨状から良くないモノが中に入っていると悟ったのだろうフレデリックに壺を持ち上げ中身を見せようとすれば片手をあげてきっぱりと拒否された。
「それで、中には何が入っていたのですか?」
「うむ、名状し難き……というても伝わらんじゃろうな、どろどろに融けかけた肉塊と魔石がお互い喰いあっておる、そう例えるのが一番近いかの……」
正直な所もう二度と見たくないのでさっさと蓋を閉じて金庫の中へと戻す、中身はもう見ただけで面が沢山ある賽を三つくらい投げたくなる、小胆な者であれば卒倒するであろう悍ましい状況だった。
「恐らくじゃがこれが人を魔物と化す魔石の作成途中のモノなんじゃろう……こんなものを取り付けられれば魔物になるのもむべなるかなじゃ。しかし、げに恐ろしきはこの様なモノを生み出す人の業じゃな」
「セルカ様にそこまで言わしめるとは……。それで、その壺は処分しますか?」
「いや、おぬしら騎士団で保管しておいてほしいのじゃ、もしこやつらの背後になんぞ大きなモノが居っても、それを見せれば世の者は皆ワシらに味方するじゃろうて」
「それほどまでに……」
「見たいかえ?」
「私はあのようにはなりたくありませんので……」
ちらりとフレデリックが目線を向けた方を見れば、ふらりふらりと壁に手を付く心なしかげっそりとした様子のカルロ。
今時分荒事が少ないとはいえ傭兵という仕事柄、カルロも決して小胆という訳では無いだろう。だというのに一目見ただけであの弱り具合、確かに見たくも無くなるものかとワシは苦笑いをするのだった……。




