613手間
入ってはいけないと言われるところに入る、それは何処でも誰でも同じように惹かれ心躍るものなのだろう、ワクワクとした面持ちを、隠し切れていない横顔を窺える程度に少し前を歩く傭兵の男に今更な事を聞く。
「そういえばおぬしの名前は何と言うのじゃ?」
「あぁ、そう言えば自己紹介してなかったな。俺はカルロ、オケアノス傭兵団副団長カルロだ」
「ほう! 副団長とな、おぬしなかなか偉かったんじゃのぉ」
「ははは、実のところ副団長っての数いるからそんなに偉い訳じゃないんだ。せいぜい何十人かのまとめ役って位で、その中でも俺は一番の下っ端だしな」
「ふぅむ、ま、卑下する必要のないそれなりの地位じゃろうて。んむんむ、これからも精進すれば上も難しくはないじゃろうて」
「ふはっ! うちのじじい共と同じ事こと言いやがって、面白い嬢ちゃんだな」
カルロの反応にかんらかんらと笑いながら、そのジジイ共よりもっとババアだと言えばどんな反応をするだろうかと思うものの、わざわざ言う事でも無いかと複雑な乙女心でその言葉を押しとどめ、屋敷の中、近づいては駄目だと厳命されていた場所へとたどり着く。
「ふむ、見た目は普通の扉じゃな」
「鍵付きの分厚い紫檀の扉が普通とか、どんだけいいとこの嬢ちゃんなんだ……」
「そうなのかえ?」
「それなりにいろんな所の警護とか護衛してきたが、結構な金持ちの家でも財産置いてるとことか重要なとこ位にしか付いて無いな」
「ほうほう、しかし何じゃ。傭兵団と名乗っておる割には意外と平和なことしておるんじゃな?」
「あー、まぁ傭兵つったら戦! って考えるかもしれないが、今日日そんな傭兵は流行らねぇよ。そもそも戦自体そうそう起きるものでも無いし、あっても戦っていうにはしょっぱい村や町同士の諍いくらいなもんさ。そんなところは血の気が多い所が取っていく上に何より割に合わない。戦うってことは怪我するって事だ。怪我で済めば御の字、下手すりゃ人死にだって出る。運よく死ななかったとしても今後働けない怪我だってするかもしれないってのに払われる金は僅かだ。昔あったっていうでっかい戦なら拾い物も含めていい稼ぎにはなったかもしれないが、今ある大抵の傭兵団は私兵を持てない一般人が雇う護衛って感じの所が殆どだな」
「なるほど、傭兵もなかなか世知辛いのぉ」
「そうでもないさ、護衛や警護っつっても殆ど荒事に発展することは無いからな。腕っぷしとそれなりの礼儀があれば食うには困らないし、たまに小さな村なんかから魔物を追っ払ってくれって依頼が来た時にゃまるで英雄の様にありがたがられるし悪い商売じゃない」
カルロの顔に自らの職に対する陰りなど見えない、それは彼自身の性格からかもしれないが今後傭兵とあってもただの荒くれ者と侮るのは止めておこうと、彼の眩いとは言えない若干むさ苦しい笑顔に苦笑いしつつそう思うのだった……。
 




