603手間
クックックックッと少し引き攣ったような、愉悦を感じ卑屈な笑い声が部屋の中に響く。
何処からだと耳をピクピクと動かせば、どうやら先ほどガチャガチャと何やら音がした棚の向こう側からのようだ。
「何と言う僥倖、朝早くから盗人と辟易していれば斯様なモノが掛かっているとは。しかも部屋の仕掛けまで使わせてくれると……猊下の采配に感謝いたします」
皮を引っ張ったかのような耳障りな声で、まるでおもちゃを買って貰った子供のように楽しそうに喋る声の主、彼奴がワシに暗殺者を送った者だろう。
「自分の部屋に毒をばら撒くとは随分と悪趣味な仕掛けじゃな? それともあれかの自ら首を括る為に取っておいたものかえ?」
「私はこの様な仕掛けを作るのも考えるのも好きでね、それを盗人に悪趣味だと罵られるのは非常に不愉快。それになぜソレがそこに居るのか、裏切ったか?」
「くふふふ、怒るでないぞ? その程度、卑小な器じゃったからということじゃな」
「獣風情がよく吠える。いや、獣だからこそ最期に吠えることしか出来ない」
「残念じゃったなワシに毒は効かぬのじゃ」
ワシに毒は効かぬが黒猫兄弟には効くだろう、ただ慌てふためくのを見る為なのかずいぶんと趣味の悪いことにまだ毒煙は部屋の中に充満どころか上半分も覆っておらず、二人は床に伏せるようにして煙をまだ吸い込んでは居ないようだがそろそろ煙を逃がした方が良いだろう。
「毒と言えば毒だが、吸い込んだら死ぬ部類のモノでは無い、そんな事をしたら部屋が汚れてしまう。ただ考える力を奪うモノ、まぁ殺さぬ程度の効果に留めるのには随分と数が要ったが」
「数……のぉ。ふむ、煙をそろそろ逃がすかと思うておったが、外に出してどんな悪影響が出るか分かったものではないからの。ここはひとつ誰に喧嘩を売ったか教えてやるのじゃ!」
ワシが気合いを入れると同時、ぶわりと渦巻きながら部屋中に広がる蒼い炎の竜巻が、一瞬にして毒煙とそれを吐き出す煙玉を焼き尽くし数拍後には部屋の中は何事も無かったかのように再びの静寂を取り戻す。
「な、な、な……何故杖も使わずに魔法が!」
「今のは魔法では無く……いや、おぬしらにとっては魔法じゃったな」
ここまで驚愕してくれると見せた側としても楽しくなってしまい、ドドンと効果音でも付きそうな勢いで腕を組み胸を張る。
ならばお次はさらに度肝を抜いてやるかとほくそ笑み、ツカツカと棚の方へと歩み寄り思いっきり右手を振りかぶるのだった……。




