61手間
木陰のベンチで、珍しく昼間から扉が閉められた教会をぼうっと眺めている。数日前の昼過ぎに無事街へとたどり着いたのだが、アレックスら三人は一目散に食堂へ、ワシは依頼の報告へとギルドに向かったのち、何時もの宿で夕飯を揃って食べながら、しばらくこの街でゆっくりしようという事になった。
その際カルンは、何やら教えることがあると言われ、アレックス達三人に強制的に連れまわされる事に、ワシにもそれは教えてくれんのか?と訊ねたが、ワシには必要ないことだと終ぞ教えてくれなんだ。
そんな事を思い出しつつ、なぜこんなところに一人で居るかというと、先日アレックスがダンジョン攻略祝いをしてなかったから、教会付近の区画にある高級レストランに行こうと言い出した為、今日ここで待ち合わせというわけだ。
待ち合わせは日が傾き始める頃の予定で、空を見れば日は中天を過ぎており、傾きが強くなり始める時分だった。そろそろ来るはずだと思っていると、通りの方からカルンが歩いてくるのが見えた。
カルンもこちらを見つけたらしく軽く手を振っていたが、何かを思い出したかのように途端顔を赤くしてしまった。それでも止まらずこちらへ歩いてきて、照れくさいのか少し間を開けワシの隣にポスンと座る。
「やはりカルンが一番じゃったの、他の者はまだなんじゃろうか?」
「えっと…そ、そうだ、セルカさんの方が早く来てたじゃないですか。僕が一番じゃないですよ」
「男連中の中ではじゃよ、それにワシが約束の刻限より早う居るのは性分じゃよ性分…前からの…な」
「えっと、あのその…えっと…」
「なんじゃ?なんぞあるのであれば話してみい?」
「はい…実はですね、アレックスさん達は今日、急にどうしても外せない用事が出来たという事で…ですね、それでレストランはすでに予約してしまったので二人きりで行って来いと…あっ、あと予約はセルカさんの名前でしてあるので大丈夫だとも」
「あやつら…」
はぁ…と溜息を一つついてカルンの顔をちらりとみつつ、二人だけでレストランなぞ、これではまるでデートではないか…とそこまで考えハッとして、見つめたままだったカルンからサッと目をそらし両頬を手で押さえる。
いつもより熱くなってる気がする頬を抑えたまま、小声で意味不明な呻きを発しているとリンゴーンと教会の鐘が鳴る。その音で教会の方を見れば、閉じられていた扉が開き、中から目の覚めるような青々とした新緑の、それでいて下品でない程度に肩が露出したチューブトップのAラインドレスを着た女性と、金の刺繍が施された豪奢な群青色のローブを身にまとった男性が出てきた。
この世界において、花嫁は木々を表し、延いては世界樹や女神を表す緑の色を、花婿は木々を育てはぐくむ水の色を纏う…つまり。
「珍しく戸が閉まっていると思っておったが、そうか…結婚式じゃったのか」
そんな呟きの間にも教会の中から参列者であろう様々な恰好をした人々が出てくる。その恰好を見るに、品の良いものを着てくると言うのは全員に共通しているが、緑と青の色以外のものであれば何でもいいらしい。現にドレスを着た者からローブを着た者、珍しい豪華な装飾の入った白銀のフルプレートメイルを着ている者までいる。
「はぁ…きれいじゃのぉ…ワシもいつかは…」
自然に花嫁を目で追い。当然の事の様にそれを着た自分を想像しそしてその横には…とちらりとカルンを見てまたもハッっとして首をぶんぶんと振る。
「いやいやいやいやいや、ワシは何を考えとるんじゃ、相手はカルンじゃぞ。いやいやそうじゃないそうじゃない、ワシはそうじゃなのうていやいやいや。」
頭を抱え早口でぶつぶつと呟くワシを心配そうに覗くスズリに気付くこともなくしばらく混乱していると。
「セルカさん、もしかして体調が悪いですか?」
「へっ!はひゅ!いや、いや大丈夫じゃ大丈夫じゃよなんでもないなんでもないんじゃ…」
困った顔で覗き込んできたカルンにバッっと背を反らしながら慌てて答える。
「はっ、そうじゃ。レストランの予約時間はそろそろじゃないかの?そういえばワシは場所を知らんのじゃが…?」
「はい、場所は僕がちゃんと聞いていたので、今日は僕がしっかりとエスコートさせていただきます」
つい先日まで恋愛のれの字も知らなそうだった純朴な少年から出てきたエスコートという単語に驚愕し。
「エ、エスコートじゃと…」
「えぇ、道案内の事ですよね。アレックスさんから聞きました」
「よし後で殴ろう」
小声で鉄拳制裁をすることを決めたワシを、クエスチョンマークでも浮かべていそうな顔でカルンが覗いてきていたので、
「い…いや、合っとるぞ…とりあえず今は…」
何とかそう言葉を捻り出しさっと顔を逸らす。カルンはそんな態度を特に気にすることもなく、
「そうですか?それじゃあ行きましょうか。ここから少し歩くそうなので、ちょっと急ぎましょう」
「う、うむ。そうじゃの急ぐかの」
参列者に祝われて幸せそうな花嫁の姿を横目でちらっと見てから、先に歩き出したカルンに慌てて追いすがる。
高級そうなレストランに着くと、予約されたセルカ様とカルン様ですねという執事風の男に言われたことで、初めからこうするつもりだったなとおっさん組を全力で殴ることを決め、更に恋人同士のお二人にとサービスでお酒を出されてから出てきた料理も覚えておらず、ふと気がつくと宿のベッドに倒れこんでいた。恐る恐る横を見るが誰もいない。
「もしカルンが一緒に寝とったらワシは死んどったかもしれん…」
横に誰も居ないことに安心しつつ、ちょっと残念だと思うのはきっとお酒のせいだとそのままベッド上で寝るのだった。
がんばれカルンくん。
カルンくんを応援する意味でも恋愛タグを入れて、代わりに大筋を考えて入れたい話を見るにしばらくダンジョン行きそうにもなかったのでダンジョンタグを消しました。
もしダンジョンを望んでいた方が居れば誠に申し訳ありません。
次回締めの一手間を入れてこのダンジョン編を終わり次々回あたりから新章に入りたいと思います。
今後ともセルカともどもこのお話をよろしくお願いします。




