599手間
ワシらの接近に気付かれた様子は無いなと少し壁から離れようとしたところで、また壁に引っ張られるように再びピッタリと壁に体をくっつける。
黒猫兄弟もワシの行動に追従するように壁際に行き、身を屈めじっと壁の上を見つめている。
紙に水気の多い絵の具を垂らしたかのようなぼんやりとした光が、ゆっくりと壁の上をゆっくりとワシらの方に近づいてくる。
足音が無いのは光の主が獣人だからか、それともまだ寝静まっているような時間だからだろうか。
ぼんやりとした光はワシらの上辺りで一度止まると周囲を見渡しているのか何度か揺れた後、着た時と同様ゆっくりとワシらから離れていった。
「行ったようじゃな」
「基本的に壁の上の警備は、そこの門を起点に二人が半周ずつ受け持ってその範囲を往復するのでしばらくは戻ってこないかと」
「では、今が好機じゃな」
獣人の耳をもってしても耳をそばだてねば聞こえぬほどか細い声で会話をし、まるでちょっとした段差を飛び越えるかのような気軽さで、ひょいっとワシは壁の上へと着地する。
するとワシが飛んできた方向から間髪入れず、骨だけの傘のような形状の金具が先端に付いた縄が二本飛んでくる、鉤が空中にある内にそれを両手で一本ずつ捕まえると腕を思いっきり振り上げて黒猫二匹を釣り上げる。
釣り上げられた二人はずいぶんと間抜けな顔で驚いていたが、もう一人の巡回が持つカンテラの光が近づいているのに気付き、手早く鉤縄を回収すると壁の内側へと飛び降りるので、ワシもそれに続いて下へと降りる。
「潜入は成功じゃな、それでは道案内を頼むのじゃ」
壁の内側は外に比べて壁のお陰か霧が薄いが、その代わりに空をぼんやりと淡く照らす陽の光が届いておらず未だ闇に沈み人知れず動くにはうってつけだ。
そんな空間の中心にあるのは、周囲を囲む壁の規模の割には少々こぢんまりとしてはいるが立派な聖堂。
事前に聞いた話によればこちらは今も聖堂として使用しており、普段は孤児である獣人たちは近づかないそうだ。
「何故か聖堂には主は近づかない、それと聖堂の両脇にある建物は俺たち孤児がいるからこっちにも近づかない」
「ほう、では何処におるのじゃ?」
ロウが指さしつつ教えてくれるが近づかないのであれば教えてもらってもさして意味がない、そういう思いが伝わった訳では無くただ一番ここから遠かったからだろう、ここからは聖堂の影に隠れ半分も見えない建物、そこを指差してあそこにいるとロウが告げる。
「ではさっさと行くのじゃ」
ワシの言葉に二人が頷き、このタイミングは居ないのかそれとも元々配置されていないのか、監視の目のない庭を聖堂の脇を通り指さされた建物へとかけて行く。
近付くにつれ闇の中から浮かび上がってきた建物は、町中にあるのであれば少々裕福な者が住んでいるかなと思わせる二階建ての洋館。
霧の中に佇んでいるせいか、今にも壁からするりと何かが、それとも窓からじっとこちらを窺う何かが……ふとそんな気がして一歩後じさりごくりと唾を飲みこむのだった……。




