60手間
未だ赤茶けた大地だけが見える。しかし段々と気温は過ごしやすくなり、硬い土に乾いた砂だったのが湿り気を帯びた土へと変わっていく。僅かながら岩にも苔などが付着しているようにも見える。
火へとマナが偏っている土地から平常なマナの土地へ近づいている証拠だ。つまりもう少しで街にたどり着くはず。朝食のパンとスープを食べながら周りの様子を見て、木のスプーンを銜えたまま食料は足りるだろうかと思案する。
両腕を組んで目を閉じてざっと計算してみるが、今のペースで進んでも恐らくあと数日は持つだろう。問題は…アレックスら大食い三人衆の精神状態だ。
その顔は今にも泣きだしそうな…痛みをこらえてるかのような悲壮感に溢れたもので、もし事切れた姫君でもその腕に搔き抱いていたなら、悲劇の英雄の演劇のワンシーンとなりそうな程だが、残念ながらその手に持つのはスプーンと空になったスープ皿だ。
銜えていたスプーンをスープ皿に置いてパンパンと手を鳴らす。
「ほれほれ、惚けてないでさっさと出発するのじゃ。この調子であればあと数日もあれば街に着くじゃろうて、惚けておればそれだけ昼飯抜きが延びるだけじゃぞ」
その声を聞くや否やすさまじい早さで支度を終えると、ジョーンズが御者台へアレックスとインディは馬車へと乗り込む。御者台から覗くジョーンズの顔はまるで早くしないと置いてくぜと言わんばかりの鬼気迫る表情だ。
「カルン、セルカ。早く乗らないと置いてくぜ」
「いいおったわ…」
額に手を付けて深くため息を吐く、その間に先に馬車へと乗り込んでいたカルンが伸ばす手を取り、ワシも馬車へと乗り込む。
「う、む。ありがとう…なのじゃ」
「どういたしまして。」というカルンの顔をまともに見れずそっぽを向いてお礼を言ってしまう。そらした目線の先でアレックスがニヤニヤしてたので八つ当たりとばかりに脛を蹴り上げる。恨み言を呟くアレックスを無視し、ジョーンズへ全員乗り込んだことを伝えると、ゆっくりと馬車が走り出す。
数刻ほど走り続けると、目に見えて緑が増えて土の香りが強くなっていく。道は二つの岩山の間へ続いていく。道幅は狭く、一番広いところでも馬車二台がギリギリ並んで通れるかどうか。おまけに微妙に曲線を描いていて見通しも悪い。
一番狭いところは馬車一台がやっと通れるかどうかなので、後退など当然出来ない馬車のこと、他の馬車などと対面したらどうしよう、といった考えは杞憂に終わった。
何より御者台に座っていたため見ることができた、岩山の道を抜けた途端一気に景色が切り替わる様にそんな不安など一瞬で吹き飛ばされた。目の前に広がるのは青々とした草原、左手の遠くの方には森が見える。草原の中を通る一筋の道は少し勾配があるのか先は見えず途切れているが、今までのサバンナ、荒野、砂漠とは違うこの世界でみられる普通の光景。そんな光景に、ここ数日幾度となくついていた呆れの溜息とは違うものが漏れる。
「う~む、本来この景色が普通なんじゃが。ここのところ荒涼たる様ばかり見てきとるからか、何とも感慨深いものがあるのぉ」
「そうだな…。おそらくこの先で別の街道と合流してっから、その道を西に行きゃあ街に着くはずだ…何とか飯がなくなる前につけそうだぜ」
「花より団子とはこの事かのぉ…」
じとっとした目で見ていたら今の言葉が聞きなれなかったのか。
「花よりだごぉ?なんだそりゃ?そんなことより日が落ちるまでに少しでも距離を稼ぐぜ」
ただ単に聞き取れなかったのか、それとも該当するような言葉を知らなかったのか。それ以上考えるのは無駄と思ったのか、ジョーンズはパシンと小気味いい音とともに手綱を繰り馬車の速度を上げた。
それに合わせガタガタと馬車の揺れが大きくなり、少しすわりの悪い御者台の端から馬車の中へと戻る。中では今まで寝ていたのか、今の振動で起きたらしいカルンが目を擦りながらどうしたのか訊いてくる。
「荒れ地を抜けたのじゃよ、ここがどのあたりかは知らぬがあと一日二日で街には着くんではないのかのぉ」
その後しばらくカルンと他愛も無い話をしていると、馬車がゆっくりと速度を落とし止まる。それに気づき外をみれば日は見えず真っ赤に燃える空だけが間もなく夜になることを教えてくれる。
馬車は街道から少し外れたところに止まっているため、降りれば久方ぶりに感じる草の感触に思わずニヤリとしてしまう。獣人としての本能か、自然豊かな所のほうが心が弾むようだ。
しばらく草の感触を楽しんでいると、その姿をカルンがニコニコと見ているのに気付いてさっと顔を逸らす。空にはすでに一番星が、そしてさっさと飯にしようと言う雰囲気ぶち壊しのアレックスの声が響くのだった。
すみません、今回短めです。
今章もあと数手間で終われるかな?




