59手間
東のルートに入って数日、巨大な岩や岩山が乱立し緩やかに左右に蛇行しながら進んでいる。同じような風景が続いてここが何処か分からなくなりそうだが、幸い砂を多少かぶってて見難いが轍があるので道に迷うことはない。
この道を通る間、一度だけ隊商の馬車とすれ違ったがそれ以外の馬車や人とはすれ違うことは無かった。恐らく新たに街から砂漠へと向かおうとしていたハンターは魔獣の氾濫へと駆り出されているのだろう。
ここ数日の変化といえば、アレックス、ジョーンズ、インディの三人組が朝夕の食事を一口毎をゆっくり味わうかのように、しっかりと噛みしめて食べるようになったことくらいだろうか。
インディは元々無口ではあったが、アレックスとジョーンズはガツガツ食べながら喋っていたのが打って変わって、ここ数日は目を瞑り黙って食べている様にそこまでするかと正直ドン引きしている。
食事の時以外は普段通りなのが救いだろうか。いや、もしかしたらそれも時間の問題かもしれない。どの程度の遅れなのかは流石にわからないが、ギルドで聞いた魔獣などとの遭遇率よりはるかに多く遭遇し、行程に少なくないロスが出ている。
「右前に魔獣らしきものが見えるが、鈍足じゃから無視してよかろう」
ワシは今、その多くなった魔獣の早期発見の為、馬車の幌の上にうつ伏せにしがみついて前方を警戒している。そんなワシの頭の上でスズリは風にあたって気持ちよさそうにしている。
なんでそんな危ない場所で見張りをしているかというと、この辺りは岩も多く御者台からでは見通しが悪いため一番目がよく身軽なワシに白羽の矢が立ったと言うわけだ。
そうこうしてるうちに、先ほど見つけた魔獣らしきものの傍を通る。ゾウガメの様な見た目のその生き物は全身が不自然に黒ずんでいたのでやはり魔獣だったようだ。
先ほどのカメは生きている内はそこらに生えているサボテンの様なものを主食にしてるらしい。というかもしゃもしゃ食べているのを見かけた。
この世界、生き物にせよ何にせよ正式な名前がついてないものが多すぎる。一歩住処から出たら魔獣などの危険なものが跋扈する大地…そこまで気が回らないのかもしれないが、せめて町の名前くらい付けろと…。
「それでも別に不便は感じぬから益々名をつける意味がなくなってしもうとるんじゃろうの…おっと、今度は左前方になんぞの群れがおるが何かと争っておるようじゃの、右に逸れれば気が付かれんかもしれん」
一人で呟いているとまた何かを見つけるが、幸いこの辺りは道幅?谷幅?が広く十分距離をとって迂回すれば相手から発見されずに通り過ぎれそうだった。
この東のルート、荒涼とした見た目のわりに意外と生き物が多い。先ほど見たゾウガメの他にもウサギや狼、オオトカゲなどなど、多くの生き物が生息している。食料になりそうな植物はサボテンの様なもの以外見かけないのだが、一体何を食べているのだろう。
いや、ここは異世界だ。見た目がウサギとは言え実は肉食かもしれない。どこぞの騎士団の様な末路にならない為にも、そういう先入観は捨てたほうがいいかもしれない。
そんなことを考えていると先ほど見つけたものは狼だったようだ。それの傍を通る際、距離があるし何かを群れで追いつめている途中とはいえ矛先が此方に向いてもらっては困ると、馬車は少し速度を緩め慎重にワシも息を潜めて通り過ぎるのを待つ。
見た限り魔獣ではなかった様なので、仮に見つかってもカルンらの魔法で威嚇すれば直ぐに逃げていくので対処は楽なのだが、それでも万が一があってはいけない。通常の生物はこのあたりの対処は楽だが…魔獣となると威嚇しようが四肢が捥げようが動ける限りは我武者羅に襲ってくるし、元となった生き物よりも身体は強化されているので始末に負えない。
魔物になると知恵がつくのか回復するのか、不利となれば逃げようとしたり頭を使った攻撃を仕掛けてくるが…いや、ダンジョンの魔物の動きは知恵のない、まるで魔獣の様な動きだったような…?
「のうアレックスや、ふと思ったのじゃがダンジョンの魔物はなんぞ知恵の無い動きをしおったが、魔物というのはもうちっと頭が良かったはずとワシは思うんじゃが」
「それはあいつらが生まれたばかりだからって話だな」
「ほう?」
「普通は動物として生きていたものが魔獣となって、そして魔物に進化するんだが、ダンジョンの奴らはいきなり魔物として生まれてくる。赤ん坊の頃すら無いから、本来であれば魔物になるまでの間につけるはずだった知恵や技術なんかがごっそり抜けてるんじゃないかって事らしい」
「俺も先輩ハンターから聞いた話だけどな」とこちらに顔を向けずにアレックスが答えてくれる。つまり体は大人、頭脳は赤子という事かの…こちらも周りを警戒することを忘れずに話をしていると周囲を夕焼けが覆い始める。
「セルカ、周囲に何か見えるか?」
「いや、何も見えぬの。先ほどの群れも追いかけてきてはおらんようじゃ」
アレックスの声に周囲を見回すが、見えるのは夕焼けと岩山などの荒涼とした大地、そしてサボテンだけだ。
「よし、それじゃあ今日はここで野営にしよう!飯だ!飯!」
その声は一世一代のプロポーズに成功したかのように弾んでいた。食事が楽しみとはいえさすがにこれは…とドン引きする。
馬車が止まると幌から飛び降り、長時間同じ姿勢だった体をほぐしてから皆のもとに行くと、既に焚火など夕食のための準備が整っており真剣な顔でこれから食べるものを吟味している三人組の姿に再度ドン引きする。
確かに今回は必要な量の食料を用意できず、さらに通常より長い日数が掛かるルート、その上想定よりも多い魔獣のせいで余計時間がかかっているせいで余計に食糧事情が厳しくなっているわけで…。
地味に厳しい状況にあるとはいえ、よくこんなので今までやってこれたなと、命を賭ける武器を吟味するかのような表情で食材を見る三人の姿に深くため息をつく。
そんな食いしん坊三人組を尻目に適当に干し肉などを取り出し、星が見え始めた空を眺めながら三人からすれば驚愕の少なさである食事をとるのだった。




