583手間
ずるりと引きずり出したドス黒い魔石を残しジャンだったモノは塵と化して牢屋の暗闇に消えていった。
残された魔石は何と言えばよいのだろうか、一言で表すならば不完全、形も球形ではなく分厚い歪な凸レンズのような姿、手に持った感触も固まりかけの樹液のような爪をめり込ませたら痕が付きそうな頼りない硬度。
内包するマナも穢れきっており、今にもぐずぐずと爛れそうで見ていて非常に不愉快極まりない。
「セ、セルカ様……今、人が、消えて……一体何をなされたのですか」
「アレは人では無い魔物じゃ、狼狽えるでない」
「ですが、魔物としても塵の様に消えるなど」
「うぅむ、何と言えばよいかのぉ……まぁ、魔物の一種とでも考えれば良い、良くないマナに影響された魔物は死んだときにあのように塵と消えるのじゃ」
「な、なるほど……して、その良くないマナとはどの様なモノなのでしょう」
「そうじゃな、人や動物の負の感情を取り込んだマナとでも言えばよいかの、これ自体は息をするだけで発生するありふれたものじゃが……この様な逃げ道の無い地下などに溜まると悪さをしだすのじゃよ」
「なっ!」
人が魔物となった原因のモノがある、流石に我先にと逃げ出す者は居なかったがここに居て大丈夫なのかと不安が騎士たちの間に広がり、ワシ付の侍女などは先ほどまでの騒ぎもあり腰を抜かしてしまっている。
「あぁ、安心せい。おぬしらでは呼吸で取り込む量はたかが知れておる、それに呼吸だけで魔物に変じる程の量マナがあれば、変じる前に死ぬから大丈夫じゃ」
「それは大丈夫だとは言わないのでは?」
「まぁなんじゃ。人が魔物に成ったのはコレのせいじゃろうし、そう気にする必要も無かろう。特にここは聖樹が近いからの、早々悪影響が出る程溜まらぬ筈じゃ」
「なるほど……」
「とはいえじゃ、残る二人がどうなるか分からぬ。ここ以外に牢はあるかえ?」
「はい、上に今は殆ど使われておりませんが、貴族用の牢があります」
「んむ、そちらにあの二人を移動させるのじゃ、それとあやつらに薬の在りかを聞くのも忘れずにの。話によれば効果のほどはまだ続くようじゃが、これじゃからの……」
タンタンとつま先で地面を叩き、脱ぎ散らかしたようにその場に残るジャンだったモノの服を示す。
「……確かに、すぐに手配させましょう」
「んむ、頼んだのじゃ」
ワシの指示を即座に遂行する為か、はたまたこんな所には些かも長いしたくないからか、さっさと牢から出ていく騎士の背中を見送り残された服を一瞥すると、服は蒼い炎を吹き上げ燃え上がる。
炎の光に照らされる狭い牢を出るころには服も燃え尽き、ワシが壊した扉だけがそこで何かがあったことだけを語るのだった……。




