582手間
心臓の鼓動の様に怪しく明滅するドス黒い魔石、男の胸に埋め込まれたそれは今も魔石の明滅に合わせ、黒い根が男の体を覆いつくさんとゆっくりと魔石を中心に全身へと伸びていっている。
「何だ、何があったんだ。何でこんな所に魔物が、ジャンは! ジャンは無事なんだろうな!」
「がなるでない、そのジャンが魔物に成ったのじゃ。……それによってのぉ」
とんとんとワシが自分の胸を指差しながら言ってやれば、男は顔を覆う布の隙間から僅かに見える肌から色を無くしながらちらりと自分の胸元を見た後に、揺れる瞳で分厚い石壁に阻まれたジャンだったモノが居る隣の牢を唖然とした様子で見つめる。
そんな男の様子に興味を無くし、さてっと魔物へと変じたジャンを見やれば丁度牢屋の扉に手をかけて、それを押し戻そうと騎士たちが幾本もの刺又でジャンを押し戻そうとしている所だった。
「何て力だ。セルカ様、ここは危険ですのでお下がりください」
「何を今更なことを言うておる、それにそやつは既に人でなく魔物じゃ、槍や剣を持てい」
ギチギチと悲鳴をあげる刺又を押し込みながら騎士が訴えるが既に相手は人でなし、刺又など使っている暇など無い。
「確かに面妖なモノが付いていますが……人が魔物に成るものなのでしょうか」
「ワシも見るのも聞くのも初めてじゃ、ハイエルフであれば或いは……。じゃが魔物と成っておるのは確かじゃ、ワシの目に狂いは無いからのぉ」
腰に佩いた剣を抜き放ち、ワシを庇うような位置に立つフレデリックが疑問に思うのも致し方が無い、人が魔物になど今まで生きてきた中で初めて見た、しかし目の前で変じた以上それが答えだ。
そしてその原因は十中八九あの胸の魔石だ、どうやって等は分からないが誰がどう見たってという奴だ。
「まぁよい、おぬしらがやれぬと言うのであれば、ワシがやるまでじゃ」
壁際に置かれている武器棚から刺又を一振り手に取るとジャンの首目掛け鉄格子の隙間から一閃しその首を刎ねるとすぐに鉄格子から引き抜き、魔物と成ったジャンはそれなりの怪力だったのだろう、歪んだ扉の閂を下から上に跳ねるように刺又を振り上げ一刀両断すると鉄格子の扉ごと、首を失い立ち竦むジャンを蹴り飛ばし牢の中へと踏み込む。
「哀れな男じゃが……斯様なモノ残しておく訳にはいかんからの」
右手首までを魔手にしてドス黒い魔石を抉る様にジャンから引きずり出す、すると残った体は幾度かビクリビクリと痙攣すると他の魔物と同様塵となって薄暗い牢の中に消えていくのだった……。




