578手間
ずるずると黒ずくめの黒猫三人組を引きずっていると、離宮や騎士団の詰め所などのあちこちから松明の炎がゆらゆらと、まるで鬼火の行列の様にワラワラとこちらへやって来るのが見える。
宮殿の警備を務める者としてこの対応の遅さは言語道断である……が今回ばかりはワシが事が済むまで出てくるなと言い含めていたので致し方があるまい、むしろ終わった途端に出てくるのだからこちらの様子を見えては居なかっただろうが今か今かと出番を待ち、ワシが合図することも無く来るのだからやはり戦闘などその手の気配には敏感なのだろう。
「お、おぉぉ。セルカ様、ご無事でしたか。してそやつらが例の賊でしょうか」
「んむ、捨て駒にするこやつらの主が阿呆と分る位には、なかなかの手練れだったのじゃ」
「それでは後は我らがお預かりします」
「む、そうじゃな……んむ、とりあえずコレだけは起きておるのでワシが持ってくのじゃ」
松明の灯りの中にぬっと現れたワシに一瞬驚いた騎士が、現れたのがワシだと分るとすぐさま姿勢を正し興味深そうにワシが両手に持つ男たちに視線を注ぎ、男たちを運ぶと提案してくる。
その提案に一人はワシの言葉に素直にうなずき黙っているとはいえほぼ無傷、手を放した瞬間に逃げだされてはたまらないと左、手に持っている気絶した二人組だ騎士たちに差し出す。
「おぉ、そうじゃそうじゃ。こっちの男は足が折れておるから起きても逃げんじゃろうが、こっちの男は気絶しておるだけじゃからの」
「なるほど、わかりました」
皆まで言わずとも分かったのか、手早く部下に指示をだしワシが差し出した男を縛りズタ袋でも担ぐかのように騎士が運んで行く後に続いて、ワシも最後の一人の首を掴み引きづったまま歩く。
そうしてやってきたのは詰め所の地下、何の飾りも無い冷たい石が剥き出しの元の意味通りのダンジョン、壁の金具に刺された松明がちりちりと照らし出す鉄格子で阻まれたベッドも何もない個室に一人ずつ二人が文字通り放り込まれて行くのにならい、ワシも騎士に指示された部屋へと襲撃犯を放り込む。
軽く弧を描き地面へと落され、首を押さえてせき込む男を尻目に鉄格子の扉に施錠する音がやけに硬質に響く。
「セルカ様、もう夜も遅うございます。後は我々が処理しますのでここは……」
「いや、ワシも残るのじゃ。こやつらから感じる不愉快な気配の正体も知りたいしの」
「それは……同じ獣人から狙われたとあっては、不愉快極まりないのは言を俟たないでしょう」
「同族に襲われた程度で今回は特に思う事はあれ、不愉快がどうのということはないのじゃ。ふぅむ、何と言えばよいのかのぉ……そうじゃな、美醜、立場、その様なモノ関係なく、こやつらの存在そのものが不愉快極まりない……そのような感じじゃ。あぁ、そうじゃ……こやつらが努めて気配を殺そうとしなくなったせいかのぉ……生かしては置けぬ、今すぐここで塵芥、存在を繋ぎとめるマナ全てを消し尽くさねばと駆られるほどの不愉快さを感じるのじゃ」
ワシの感情に呼応するようにボッと松明の炎が勢いを増し、マグマの熱の様な激情を吐露しながらガシャンと音を立て鉄格子を握り目の前の檻の中の男を睨めば、ガタガタと寒さ以外に震え、その目にはこぼれんばかりの恐怖を湛える。
「セ、セルカ様、気をお納めください。賊ばかりでなく部下も怯えております……」
「お、おぉ、すまんかったの……。まぁそういう訳での、何故こうも苛立たしいのかその原因を知りたいからワシは残るのじゃ」
「かしこまりました、ですが……尋問は我々にお任せください」
「んむ、ワシではヒョイとやってしまいそうじゃからのぉ……。貴様、下手にモノを隠し立てするでないぞ? 貴様の存在なぞワシからすれば風前の灯火よりも儚いモノじゃからのぉ」
鉄格子から一歩離れ、左の掌に松明の炎を越える蒼い炎を出し、これがワシの勘気に触れた場合の末路だとばかりに一瞬で握りつぶし、騎士の用意してくれた椅子へとどっかりと座ると歯の根が合わない様子の男をじとりとねめつけるのだった……。




