575手間
ワシが囮になると豪語したものの、出来ることと言えば襲撃犯が襲ってきた時と同じ頃合いに宮殿の裏へと行く事だけ。
いくら年寄りは時間の進みが早く感じるとはいえ暇つぶしの道具といえば灯りと僅かな暖を取るための大き目のカンテラ程度、それ以外は無くぼうっとその場で暫く待ち続けるのは端的に言って暇だ。
だからと言って誰かに供回りを頼むわけにもいかない、護衛がいればもしかしたら今度は手を出してくることなく引いてしまうかもしれない。
それに二、三本同時に射かけられた程度であれば防ぐことは容易だが、それ以上となると流石に誰かを守りながらというのは中々難しい。
狐火を使えばそれも簡単に解決する問題なのだが、これも襲撃犯が撤退を選ぶ可能性が高い。
「流石に十日ともなると、建物を眺めるだけも飽きてくるのぉ……」
以前ワシが襲われた日、運が良いと言われた通りあれから十日殆どが曇天で星を見上げるという事も出来ない、ただ星明りも無いという事はワシの考えからすれば襲撃には持ってこい、それも再度襲ってくるという前提があってではあるが……。
元々寒い地方の夜という事もあり外に出るにはコートが手放せないが今日は夜半にかけてとみに冷え込み、ちらちらと雪まで降り始めた。
合わせた手の隙間に息を吐きかけこすり合わせて僅かに温め、今日はもう仕舞にするかとカンテラに手を伸ばしかけた刹那、さぁっと風も無いのに潮が満ちるかの様に不愉快な気配が吹き付けてくる。
「来た……かの」
気配が吹き付けて来た方に居るだろうと当たりを付け、いつでもかかって来いとねめつけながら一瞬左手を後ろに回し、腕輪から刀を取り出して右足を前に出し半身となり居合の様に左腰に刀を構え鯉口を切る。
その意味が分かった訳では無かろうが、ボンッと弾けるような音と鋭い風切り音。
飛んでくる矢を刀の鎬で叩き落すように切り上げ払うと間髪入れず、踏み出した右足に力を籠め矢が飛んできた方へ、地を抉るほどの力でもって氷上を滑るかのような動きで間合いを詰める。
左手に残った鞘を腕輪に収納し右に流れた刀に左手を添え、襲撃犯が暗闇の中から浮かび上がる様に見えるようになった段で前に出た左足で滑走にブレーキをかけ、その勢いを使い恐らく矢を射かけてきたであろう襲撃犯へと、横薙ぎの一撃を見舞う。
「受けるな!!」
「チィ!」
襲撃犯は刀の一撃を弓……ではなく丁字型のクロスボウで受け止めようとしたがその直前、暗闇から聞こえてきた声に従い後ろへこけるように転がったせいでクロスボウが真っ二つになっただけで襲撃犯に手傷は与えられず、思わずクリスには聞かせられない声が出る。
『地擦り』からの間髪入れずの一撃で流れた体を戻す間に、声を出したであろう者が暗闇からぬっと現れてこけた襲撃犯を助け起こす。
「ワシを襲うからには、ワシの事を知らぬ阿呆かと思うておったが……」
「……」
「だんまりかえ。ま、暗殺者であれば然りじゃな」
刀を正眼から少し右腰側に柄頭を引き付けるように構え、既にクロスボウを捨て剣を構える二人組の襲撃犯と相対し手加減は苦手なんじゃがな……と口角を上げるのだった……。




