58手間
お昼頃に一度宿屋へと戻り、食堂で昼食をとりながら各々の成果を話し合う。ワシは食料を調達しに行っていたのだが、ダンジョンに向かうハンターの集団が買い占めていった為、在庫が少なく纏まった数を買うのはすまないが遠慮してくれと言われた。
ニ、三日中に商品を卸しに街から隊商が来るらしいが、生憎と今日明日には出たいのでそれを待つことはできない。幸いな事にダンジョン内での滞在日時が当初の予定よりかなり短かった為、東に大回りする分の追加日程を鑑みてもギリギリ足りるくらいの食料は手元にある。
アレックスとジョーンズは装備の点検のために鍛冶屋へ行ったが特に問題はなかった為、すぐにでも出発できるとの事だった。岩に切り掛かったため刃こぼれや歪み、その他目に見えない損傷がないから気になっていたそうだが、大丈夫だとのお墨付きを受けたそうだ。
そういうのはすぐに判るものなのかと訊けば、ある程度大きい鍛冶屋にはドワーフが一人か二人くらい必ず居て、ドワーフらはそういうのを一瞬で見抜く事ができるらしい。もちろん見てもらうにもお金も要るし順番待ちだってあるが、今回はダンジョンの情報料で懐も温かいので、追加料金を払って特急で終わらせてもらったそうだ。
カルンとインディは傷薬などの備品を補充しに行ったが、こちらも大して消費してないので使った分を買い足す程度だったため問題は無かったそうだ。
「むむむ、問題があったのはワシだけか…しかも、一番重要な食料がギリギリとは」
「それなら尚の事、早く出発して日数を稼がないとな」
「ふむ、そうじゃの。とはいえギリギリなのに違いはないのじゃ、積極的に戦いに赴く訳でもなし、朝夕二食にして余裕を持たせたほうが良いじゃろう」
その昼食を抜く宣言にアレックスとジョーンズの二人があからさまにゲッとした顔になり、あまり表情を変えないインディも珍しい事に目を見開いて驚いている。
実はこの三人が大食漢で、毎食かなりの量を消費している。カルンは見たところ普通…といっても前世の基準であれば、なので体が資本のこの世界においては、もしかしたら少ない方かもしれない。ワシは小食な上、獣人という狩猟種族故なのかニ、三日ご飯を抜いたところで問題なく動ける。なので大量消費の犯人グループ三人には大人しく昼飯抜きの刑に服してもらおう。
「それでは、出るとするかのぉ」
「その前に追加注…」
「無しじゃ!早う出たいのであろう?」
アレックスの言葉を遮りニヤニヤとそう宣言する。先ほど自分で早く出発云々と言った手前反論もできず、アレックスは実に悔しそうな表情でぐぬぬと唸っている。
「ジョーンズとインディもどこへ行くのじゃ?そっちは出口ではないぞ」
こっそりと追加注文をしに行った二人に釘を刺し、アレックスとジョーンズの後ろ襟をつかんでズルズルと引きずり宿屋を後にする。
娯楽が少ないこの世界、食べることと飲むことが唯一の楽しみといった感じの三人であったが、まさか昼食をしばらく抜くというだけでここまで分かりやすく狼狽えるとは思わなかったので、その後しばらくニヤけた顔が治らなかった。
宿屋に預けていた馬車と馬の日数分のお金を払い今までに無い速度でアレックス、ジョーンズ、インディの三人が出発の支度を終えた。ちなみに一月以上連絡なしで取りに来なかった場合売り払われるそうだ。
「よし、それじゃさっさと出発しよう。急ぐ旅だ、今回は御者の練習は無しで行く」
キリッとした顔でアレックスが言うのだが…絵面だけ見れば精悍な騎士や将軍といったところ、しかしそれが飯の為と知っている身では嘆息しか出ない。
やれやれと首を振っていれば、ジョーンズが声に出して、インディは身振りだけで早く早くと急かしてくるので、もう一度深く溜め息をついてから馬車に乗り込むと待ちきれないとばかりにアレックスが手綱を振るう。
さすがに速度を出しては馬が持たないのは分かっているのか普段より少しだけ速い程度だが、じっと前を見据える様は最短コースを外れまいとしているかの様だった。
しばらく進むと本来であればまっすぐ行くところを右へと逸れていく。馬車の後ろから分岐した場所を見れば、行きの際には気づかなかったのだが、確かに轍があり此方にも道が伸びていることが分かる。
中央の道はサバンナといった感じだったのだが、右の…東の道を進むと元々僅かばかりに生えていた草木が段々と消えていき、赤茶けた砂の大地へと変貌していく。
馬車で砂漠はと思ったが、見る限り硬い土の上に薄く砂がかぶっている程度で砂に足を取られる心配はなさそうだった。
さらに進めばパイの様に積層になった巨大な岩が散乱しはじめ、さらには山のように大きな岩もちらほらと見え始めた。この風景は…なんだったか…あぁ、そうだ。地球のワディラムにとてもよく似ている。
もっと分かりやすくとなると、火星の風景だろうか…もちろん映画で見ただけで行ったことなどあるはずもないが。赤い大地を夕焼けがさらに赤く染める頃に馬車を止め野営の準備をする。
「ん?セルカはテント張らないのか?」
「いや、ワシは…」と言いかけたところ、アレックスが閃いたとばかりにワシの言葉をさえぎってきた。
「ちと狭いがインディは俺たちのテントで寝かせるわ!だから、セルカはカルンの所で寝ればいいさ。大丈夫だ、安心しろ。耳栓でもしとくからよ」
サムズアップするアレックスに、はじめ何の事かと思ったが意図を理解して、やたらいい顔をしているその脛に蹴りをお見舞いする。手加減に手加減を重ねたとはいえワシは金属製のグリーヴを履いているのだ、さぞかし痛かろう。アレックスは脛を抱え唸っている。
「思うことがあっての、馬車の下で寝る」
「は?馬車の下で?見張りは立てるから安全だがなんでまた?」
「ちょっとの」そう言って脛をさすっているアレックスを背にその場を離れる、さすがに確実に知らないし理解も出来ないであろう、映画のワンシーンに憧れてなどは恥ずかしくて言えない。顔が赤いのもきっとそのせいだ。
焚火を囲んで夕食を取ったときカルンの顔が見えなかったのも暗かったせい、見張りの順を話し合う時もまともに見れなかったのも暗かったせい。
そうだそうだと頷きながらさすがに砂の上に直接寝るわけにもいかないので、シートのようなものを敷きその上に寝転がる。上を見ても勿論馬車の腹しか見えない。横を見ても焚火の光が届く場所より先は完全に真っ暗で、星明かりで漸くどこが地平かわかる程度だ。
ワシは早朝の番、それを起こしに来るのがカルンじゃないのも偶然、たまたまだ。詮無いことを考えつつそっと目を閉じる。




