56手間
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。寝ぼけ眼でテントの入り口を見れば、光は射し込んできておらず、まだまだ暗い時間だということが分かる。
昨日は外にハンターが二十人以上いたと言う事以上に騒々しく、さらにスズリが外に出たがらなかった為、結局いつの間にか寝てしまうまでテントの中で遊んでいた。
もう一度寝直すという気も起きず、日の出ないうちから砂漠の町へ戻る予定なので、さっさと朝食を済ませてしまおうと身支度を整える。
まだ寝ていたスズリを起こし、テントから出るとそこには既に起きていたのか、アレックスら三人が朝食を摂っていた。おはようと挨拶をしてから朝食を食べる。
「これはセルカの分な」
片づけをしていると、そう言ってアレックスが革袋を投げて寄越してきたので、それをガチャッという音と共に両手で受け取る。片手でも持てる大きさとは言え、見た目以上に重い。
「なんじゃこれは?」
「それはセルカの取り分だよ」
同じことを言われて首をかしげながらも、革袋の口を広げて中を見てみればそれなりの枚数の銀貨やミスリル貨が入っていた。
「じゃからこれは何の取り分なのじゃ?」
「あぁ、そういえばセルカは昨日殆ど外に出てきてなかったな。それはダンジョン内の魔物や道順の情報料さ。インディには道順の情報分の色を付けてるがそれ以外は全員で等分だ。昨日はかなり捌くのが大変だったが、お陰でかなり稼げたぜ」
「むぅ、そんなに大変じゃったのならばワシも呼べばよかったではないか、それにワシは何もしておらんからこのお金はおぬしらで分ければよかろう」
そういってアレックスに革袋を返そうとするがそれを押し返し、アレックスは肩をすくめる。
「喋るのは嫌いじゃ無いし気にすんなって、その金は俺たちが命懸けで持ち帰った情報だ。十分セルカも受け取る資格はあるさ。それにセルカが出てきてたら逆に大変になりそうだったしな」
「確かにワシはそのような事はしたことは無いが…それでも魔物の姿や動きを説明することくらいできよう、さして種類もおらんかったしの」
「大変だったって言っても俺とジョーンズで十分捌けるぐらいだったしな。ま、お前は一度水面でも覗いてみるといいさ」
「む?むぅ?」
最後に訳の分からないことを言われたが、これで話は終わりだとばかりにアレックスはテントなどの片づけを再開してしまった。
カルン達も話してるうちに既に支度を終えていたようだったので、先ほどの話を考えることを止め、ワシも急いで支度をする。
その後、管理小屋を出るまでにも数人に話しかけられたが、全てアレックスかジョーンズが相手をしてワシが話をする隙なぞ微塵も無かった。
「おはようございます、昨日受け取ったこちらのカードですが、全て確認が取れました。ですが…」
管理小屋の入り口で衛兵に遺品とカードを受け取ると、何か気になることがあるのかさらに話を続けてくる。
「こちらのパーティには一人分足りません。何かご存じありませんか?」
「確かにもう一人おったが、そやつの物は何一つ回収できんかったのじゃ」
「そうですか…なぜ回収できなかったか教えていただいても?」
理由を話そうとしたら、頭を押さえられて「それは俺が」とアレックスが前に出てくる。
「突然そいつが通路から飛び出てきたんだがな、直後にそいつを追っかけてきてた魔物に殴り飛ばされて火の池に落ちちまったんだよ。んで、そいつが逃げてきた先に行ったら他の奴らが転がってたってところだ」
「なるほど、そういう事ですか。これから町にお帰りですよね?遺品の事、どうかよろしくおねがいします」
一礼してから門の脇にある小屋へと衛兵は戻っていく。
「別にワシが話しても問題なかったろうにどうしたのじゃ?」
「なんだ、十五にさせる話じゃねぇって事だよ」
そういってアレックスは頭を撫でてくる。
「むぅ」とむくれてみるが入口にとどまってすることでも無いかと思い、砂漠の町へ向けて歩き出す。
日も出ていない、むしろ真っ暗だからこそ分かるが薄ぼんやりと光る世界樹はよく目立ち、方角を見失う事はないだろう。真っ暗でも足元は灯りの法術を使えば事足りる。
こうして遠くからでも見てとれるほど本当に世界樹は大きい。もし、その頂上に目当てのものがあるなら気が滅入る話だ。
とは言え、それはお伽噺の様なもので確たる証拠もない。時間はたっぷりあるのだから焦る必要もないだろう。ふぅっとため息を一つ気持ちを切り替える。
砂漠の町への道すがらかなりの人数のハンターとすれ違い、その度に情報のやり取りをする。
そんなこんなで立ち止まる回数も行きより増えたが、ハンターが増えたからか魔獣などに遭うことも一切なく夕方には砂漠の町へとたどり着くことができた。
かなりの人数とすれ違ったため、町の宿が満室になってないか心配だったが、ちょうどすれ違った人たちが一気に出て行ったからか、問題なく部屋をとることができた。
ギルドに行くのは翌日にして、そのまま各自明日まで自由行動と言う事になったので、早速町の中心にある湖へと向かい水面を覗く。
「ふむ?特になんも問題もないの。映るのもワシだけじゃ」
アレックスに言われたことを実行してみたが別段変わりなく、首をかしげるが水面には首をかしげたワシが映るだけだった。
「おぉ、そうじゃそうじゃ。魔手の時なんぞ顔についておったらしいから確認してみるかの」
魔手を出すと、水面に映った顔に幾本かの緋色の筋がまるで根を張るかのように伸びてくる。
「ふむ、なるほど。前はこんなものなかったはずじゃの…特に問題はなさそうじゃし、むしろ力が漲る感じじゃの」
ふと気になり服を捲ってお腹や肩なども確かめると、その緋色の根は直線だけで構成された進化系統樹のように、不規則に枝分かれしながら足を除く右半身を覆っていた。
見る限りでは、肩の宝珠を起点に広がっているようだった。さすがにこれ以上増えて全身真っ赤になるのは勘弁だが、力が幾らでも湧き上がってくるような感覚に、特に問題も無いかと魔手を戻すとそれに合わせて根も宝珠へと戻っていく。
「さて、帰るかの… はっ、思わず往来で服を捲ってしもうたが、誰ぞに見られとらんかったかの!」
慌てて周りを見渡すが、こちらを気にしているような人もおらずほっと息を吐いて、そそくさと宿に戻るのだった。




