539手間
流石は宮殿の廊下、天井にはフレスコ画だろうか花畑などを主題とした古そうな絵が描かれ、柱はフレスコ画に合わせたような彫刻で彩り、壁には高そうな絵画が飾られている。
一通り眺めて満足しふと前を見ると、母親の肩に顎を乗せる形で抱っこされた赤ちゃんがあうあうと手を伸ばしているのが見え、パタパタと耳を動かしてやればきゃっきゃっと楽しそうに笑うので思わず頬が緩んでしまう。
「子供、お好きですか?」
「うむ、もちろんじゃ!」
「それはよかった」
「それでじゃの、えーっと……」
「アデラインですわ」
ワシが言いよどむと、「そういえば名乗ってなかったわね」とにっこりと微笑みながら振り返り自分の名を口にする姿はずいぶんとおっとりしていて、あの厳しそうなヴェルギリウス公爵の妻が務まっているのだろうかと、思わず首をかしげたくなるがおくびにも出さず話を続ける。
「んむ、それでじゃな、アデラインや。よければその子を抱かせてもらえんかの?」
「この子を? えぇ、どうぞ」
アデラインが歩くのを止めてワシに赤子を抱かせてくれる。
ずっしりと腕にかかる体重と高い体温、ふくふくとした頬に頬ずりすれば思わず鼻から甘い声が漏れる。
赤ちゃんも、ワシの耳を触ろうと紅葉のような手を精一杯伸ばして、きゃっきゃと可愛らしくはしゃいでいる。
「あらあらステファニーったら……折角ですから、部屋までそのままでお願いできますか?」
「うむ、問題無いのじゃ」
よほどワシのことが気に入ったのか、ワシの服をひっしと掴んで離さない赤子をみて、アデラインがやれやれといった風に苦笑いする。
ワシとしてもかわいい赤ちゃんを抱いたままというのはありがたいので、お言葉に甘えて赤ちゃんが苦しくない程度にぎゅっと抱きすくめて、再び歩きだしたアデラインの後に続く。
クリスも初めての妹が気になるのか、おっかなびっくり横から赤子の頬をつついている。
見た目よりこの宮殿は広いのだろうか、しばらく歩きようやくたどり着いた部屋の扉を恭しく家令の者が開け、アデラインを先頭にその中へと入る。
部屋の中にはよく分からない壺やこれまた古そうな絵画などが飾ってあり、ソファーなどの家具類にも細かな装飾が施され、いかにも宮殿の一室といっただがどれもこれも古いもの特有の艶を放っておりこの部屋全体の雰囲気も相まって豪奢にもかかわらず下品な印象は一切受けない。
「クリスもセルカさんも長旅で疲れたでしょう、さぁさぁ遠慮せずに座って」
アデラインに促され、彼女の正面のソファーにクリスと共に座る。
ふわりと柔らかく沈み込むソファーは、硬すぎず柔らかすぎず見た目の豪奢さに相応しい座り心地だ、そんなソファーに腰かけると本当にどこでこちらの動向を窺っていたのか、特にアデラインも家令も合図することなく侍女たちがティーセットとお茶菓子をワゴンに載せて現れた。
「すぐに部屋で休んで欲しいけれど、セルカさんのお部屋の準備がまだちょっとかかりそうなの、だからちょっとだけお話に付き合ってくれないかしら」
「んむ、ワシは疲れておらんし大丈夫なのじゃ」
それからしばしアデラインに求められるまま、お茶菓子をつまみながらクリスとの出会いや学院での出来事を時間を忘れアデラインに話すのだった……。




