536手間
坂道を下るからか、慎重と……それ以外に言い表し様のない足取りで馬車が街中を進んでいく。
お陰で窓からはじっくりと街の景色を堪能することが出来る、馬車や馬が通る車道と人が通る歩道に別れた道は、大通り故か行き交う人や馬車であふれ通りに面した建物も喫茶店のような通りに面したテラスで食事を供しているお店や、皆目見たことのない食材を売っているお店、防犯の為か通りから中は窺い知れないが、看板には宝石が描かれた恐らく装飾品などを扱うであろう高級感にあふれるお店まで、かなり多種多様なお店が並んでおり見ているだけで楽しくなる。
街を行く人々もワシらの乗る馬車を興味深げにちらりと見るが、おひざ元なだけあってよく知っているのだろうジロジロと見ることなく、人によってはペコリとお辞儀をしていく程度で中に誰が乗っているのだろうかなどと不躾な視線を送ってくることも無い。
ただ、その見ているだけで楽しい景色も終わりが来る。他の街であれば街の反対側に、この湖畔の街であれば湖という絶対的な端がある、現に窓からは漁のためかはたまた純粋に湖を楽しむためか、岸に小舟が沢山つないであるのが見える。
「のう、クリスやこれ以上どこへ行くのじゃ?」
そう訊ねてみても、クリスはニコニコとするだけで何も答えてくれない。
もしかしたら王国の港町の神殿の様に、湖の上に城が立っているのかもしれないが湖面にはそのような影は落ちていない。
そうこうしている内にも、ずんずんと馬車は進みこのままでは湖に突っ込んでしまうという所で、坂を進み斜めに傾いてた馬車が水平となる。
「お? おぉ?」
「驚いたかい? 神都はこの街の対岸にあって、そこまで橋で行くんだよ」
「ほ、ほぅ。なるほどのぉ……」
確かによくよく冷静に見れば、大通りの車道と歩道という組み合わせの道が湖面の上にも続いている。
しかし気になるのはこの橋の構造だ、欄干こそあるもののほぼほぼ湖面と橋の歩く部分の高さが同じで、横から見たら湖面を人や馬車が歩いているように見えるだろう。
「なんでこんなに湖面ギリギリなのじゃ?」
「それはね、昔はこんなにギリギリじゃなかったんだよ。といっても祖父の代ですでにこの状態だったらしいけどね、何の理由か湧き出る水の量が増えて湖面が上がったらしいんだよ」
「ほほう」
言われてみればこの湖に入り込む川がない、道沿いにあった川はこの湖から流れ出るものであったしかなり規模は大きいが湧水で出来た湖なのだろう。
「水が湧いておる所とか見れるのかのぉ」
「ふふふ、大丈夫だよ。この湖の水が湧いてる所は城の中に在るから」
「おぉ、それは楽しみじゃのぉ」
湖の底が源泉であれば諦めるほかなかったが、これほどの湖を形作るほどの湧水の迫力は如何ほどのものか。
まるで水の上を走っているかのような景色を眺めながら、この景色はクリスが驚かせようとするに確かに相応しいなと口角をあげるのだった……。




