534手間
季節が冬から春へとグラデーションの様に移ろう景色の中を数日かけ、ようやく神都の一つ手前の町までやってきた。
宿に到着したのはずいぶんと陽も傾き始めた、殆どの店が今日もおしまいと店を畳み始める頃合いだったのでワシらの身の回りの世話をする数人の侍女や使用人を残し、他の者たちは明日の食料などを慌ただしく町中へ買い出しに行ったが、それは大抵どの町でも同じだったので今更か。
「しかし、この町もそうじゃが人が多いのぉ。道中も人通りが多かったし他の所とは全く別の国かと思うほどじゃ」
「特にここと神都は夜でも道を照らす街灯があるからね、夜でも人通りは多くなるんだ。それにこの辺りまで来ると獣も盗賊も殆ど出てこないからね、護衛無しでも気軽に行き来できるんだ」
「ほほう、それは素晴らしいのぉ」
日が暮れても人通りは絶えないだろう、そう思わせる通りにポツポツと人々の持つ灯りとは別の火が灯ってゆく。
今すぐ外に出て人混みに紛れてみたくなる光景だが、生憎ワシらにそれは無理なので後ろ髪を引かれる思いでカーテンを閉めて寝る準備をする、といってもそれも全て人任せになるのだが……。
「そういえば明日、神都に着くんじゃったかの?」
「そうだね、早ければ日が傾き始めた頃には着くんじゃないかな」
「ほほう、意外と近いんじゃのぉ」
「道がちゃんと整備されてるからね」
この辺り……というか結界の中は神都を中心にヴェルギリウス公爵家の領地、つまりはクリスの父の領地なのでその言葉も何となく誇らしげだ。
「ふむ、楽しみなのじゃ。じゃがのぉ、そろそろどの様な所か教えてくれても良いのじゃないかえ?」
「うーん、そうだねぇ。実際見て驚いて欲しいけど……湖のほとりの綺麗な所だよ」
「ほほう、湖畔の街のぉ」
驚いて欲しいという割には余りインパクトが無いと言うか、確かに美しい光景は見られるかもしれないが驚くにはほど遠い気がする。
大抵の人は自分の生まれた村や町から移動することは無い、税も騎士や兵が取り立てるので領主のいる街に出向くという事もまず無い、そんな人なら驚天動地かもしれないが……クリスには悪いが旅慣れて、更には行ったことのない秘境の景色すら知っているワシが驚くとは……。
「まぁ、楽しみに取っておくのじゃ」
ただここまでクリスが自信満々に言うのだ、多少驚いてやるのも一興かと明日は特に早いからと急かすアニスに誘われベッドに潜り込むのだった……。




