54手間
一面真っ白だ…どこだここ…?キュッキュッと音がする…雪でも踏んでるのかな?いや、雪ならもっと濁った音だな…うーん、なんだろう…あぁ、そうだ。鳴き砂。あの音に似てる。
じゃあ、ここは砂浜?でも、潮騒は聞こえないし、海も見えないな。すると突然、背中を押されてつんのめりそうになった気がした。
あぶないな!って文句を言おうと振り返った瞬間、ハッと目が覚めた。
目の前には泣きそうな顔をしたカルン。キュッキュッと鳴いていたのは砂ではなく、頬に顔を擦り付けているスズリだった。
そうだ、壁に叩きつけられて気を失ったんだっけ。痛む体を起こしつつカルンに訊ねる。
「ワシはあの後どうなったんじゃ?」
「よかった…よかった」
涙目で右手を握りしめてくるカルンの頭を左の手で撫でる。
「生きておる、生きておるから…。今はまずはどうなっておるか教えてくれんかの」
「ぐすっ。はい…。僕があの巨人の右足を砕いて、今はアレックスさん達が此方に注意が向かないように気を引いてくれてます」
その言葉に激しい音がする方を見れば、右の膝をついたデュラハンと振るわれる腕を掻い潜りながら攻撃を続けているアレックス達が見える。
どれほど戦っていたかはわからないが、右足の損傷以外デュラハンには目立った傷は無さそうだった。
「ワシもいつまでも寝てはおれんの」
そういって立ち上がるとカルンはそっと手を放し、スズリは嬉しそうに一鳴きしてから尻尾へと隠れる。
今更だがあちこちぶつけたようで多少血が出て体中痛いが、幸いな事に出血も酷くなく、どこも折れたりはしていないようだった。
「うーむ…倒すと言ってものぉ、もう一度同じ事をやったところでまた狙われるだけじゃしの…いや、狙われる?何故じゃ?奴は今も無防備な此方を一切気にしとらんでは無いか…何故あの時だけカルンを狙ったんじゃ…?」
確かあの時は、カルンに魔法を撃つ準備をしてもらったが…魔法だけなら今もインディが撃っている。右足を穿つ威力のものを撃ってもらうために集中してマナを集めて…。
「なるほど、マナか! あやつは危険なレベルのマナを集めている者を優先的に攻撃しとるのか! それが分かれば隙を作るのは容易じゃの…あとはどこを攻撃するかじゃが…」
今も動き続けているデュラハンをじっと見つめる。インディの放つ氷柱は脅威たりえないのか一切気にせず、足元を斬っているアレックスとジョーンズだけを煩わしそうに腕を振って追い払ってる状態だ。
「足は動けぬようになるだけで特にダメージを受けても問題は無いということかの…という事はわざわざガードしている胸が弱点という事じゃろうのぉ」
「よしっ!」とデュラハンを倒す術を思いつき、それを実行に移すべく指示を飛ばす。
「カルンは離れてインディと共に牽制じゃ! アレックス!ジョーンズ!合図でそやつから離れるのじゃ!魔法も合図で止めてほしいの!」
「「おう!」」とジョーンズとアレックスの返事を聞き、カルンとインディの方に顔を向けたら二人とも頷いてくれる。
「では、頼むの」
「はい!」そう言ってカルンはインディの下へ駆けていく。
デュラハンをじっと見据え、魔手にマナを集中させていくがまだ反応しない。
もっと、もっとじゃと集めていく。集中しているせいか、全身の痛みも感じなくなってきたのが今は好都合だ。
幸いこの部屋には魔晶石もあり、マナは使い切れないほど満ちている。さらに洞窟の一件以来、マナを集められる量は本職の魔法使いをも凌ぐほどになっている。
先ほどのカルンよりもマナを集めたあたりでデュラハンが動きを止め、此方に体を向けてくる。
岩を削り取る動きも先ほどより緩慢だ。ゆっくりと腕を振りかぶったところで声を上げる。
「デュラハンよ、これで仕舞じゃ!」
その言葉を合図に魔法が止み、アレックスとジョーンズはデュラハンから離れる。
デュラハンが振りかぶり終えた処で、ワシも右手を引き次の一撃に備える。振りかぶった手が一瞬止まり、投擲のため振り下ろされた瞬間。
「『縮地』!!」
一瞬でデュラハンの懐へと飛び込む視界の端で、轟音と共に振り下ろされた腕が見える。
「いくら硬かろうと!『鎧通し』!!!チェストォオオオオ!!!」
気合と共にデュラハンの胸めがけて掌底を叩き込む。ゴガンという音から一拍おいて衝撃波か反動か後ろへと吹き飛ばされる。
ゴロゴロと受け身も取れず地面を転がり、また壁にぶつかる。今度は気絶することもなく立ち上がる。地面を転がった割に痛くなかったのは運がよかったのか。
やったか!とは口にせずデュラハンを見れば、少し仰け反り左手を天に突き出した格好で動きを止めていた。
また動き出すかと睨み付けていると、岩の隙間から覗いていた溶岩の光が消えていき、ズズンと腹の底まで響く音と共にゆっくりと後ろへ倒れこむ。
その体は倒れた衝撃で粉々になり、砕けた胸の隙間から紫色の何かが顔を覗かせていた。
「ふぅ…これで終わりかの………」
砕けたデュラハンに歩み寄り、念のため魔手にしたままの右手で紫色の物体を拾い上げると、それは天井にある魔晶石をそのまま小さくしたようなものだった。
「ふむ、これが奴の心臓部だったのかの…?」
「はぁ…やっと終わったのか、さすがにしんどい」
いつの間にか覗き込んでいたアレックスがぼやく。それと共にピシッピシッっと魔晶石にヒビが入り、パキンッと乾いた音とともに砕け散る。
「む!なっ!ワシはなんもしとらんぞ!」
ついつい口から言い訳が出てくる。
「いやいや、さっき思いっきりそれがあった部位を殴ってたじゃないか。どっちにしろここまで来たって証に、魔晶石の欠片をもっていかなくちゃダメだから丁度いいさ」
「む、ぬぅ。そういえばそうじゃったの…慌てて損したわ」
集まってきていたジョーンズらにも砕けた欠片をそれぞれ渡し、残った欠片も腕輪に入れる。一応ほかにも何か無いかデュラハンの体を漁っていると、腹だったあたりに何かを見つけ、左手で拾い上げる。
「なんぞこれは。ヴァジュ…ラ?金剛杵がなんぞこんなところに」
「ヴァジュ…?なんだそれ…って…おぉぉぉ、それは!!」
「なんじゃ突然大声などあげて!耳が痛とうてかなわん」
「いやいやいや、それそれ!やったぜ!」
「それでは分からぬぞ、ちゃんとせんかアレックス!」
浮かれているのか、それとかおぉとしか言わなくなったアレックスの代わりに、ジョーンズに説明を求める。
「興奮するのも仕方ないって。それは動力装置だかなんだかって遺物で、ギルドが超高額で買い取ってるんだよ。それ一個で状態次第じゃ一生遊んで暮らせるって話だぞ」
「なんと!ほほぅ、これはこれは何ともまぁ…壊れてなければよいのじゃが」
よく見ようと魔手のままだった右手を広げその上に金剛杵を置いた途端、フィオアフィフィとオカリナの鳴き声のような不思議な音色を奏で始める。
びっくりして落としそうになるが、何とか右手で握りしめる。しばらく鳴り続けた後ようやく静かになったので、握った手を開いて見るが特に壊れた様子も変わった様子もなかった。
「びっくりしたわい…壊れたかと思うたが、とりあえず見た目は変わりがなさそうじゃの…」
冷や汗をかいたと左手で額を拭い、アレックス達を見れば誰も彼も驚愕を顔に張り付けていた。
「突然鳴ってびっくりしたのはわかるが、驚きすぎじゃろう?」
「いやいやいやいやいや、セルカお前!大丈夫なのか?」
その様子に苦笑いをしているとアレックスに両肩をがっしりと両手で押さえられる。
「な!なんじゃ!ワシは大丈夫じゃよ?いや、なにが大丈夫か、なんじゃ?」
「お前の顔とか首にその右手の赤い根っこみたいな模様が出てんだよ!」
金剛杵を握ったままの右手を見れば、以前からあった樹形図のような緋色の模様が、宝珠まで伸びていた程度だったのが確かに肩より先まで延びてる気がしないでもない。
握ったままだった金剛杵を左手に持ち替え、魔手を戻す。
「これでどうかの?」
「あぁ、なんか右腕のほうに引っ張られるように消えてったな」
「ふむ、まぁ悪いもんでもなかろう。もともとあるものじゃしの」
「お前がそういうならいいけど、無理はすんなよ?」
そういってアレックスは心配そうな顔をして頭を搔いている。
「とりあえず、転送装置のところまで戻らんかの?正直な事を言えば今日はそこで休みたいんじゃが…」
「あ、あぁ。そうだな、確かに気が抜けたらずしっときたぜ」
言うや否やみんな頷いて転送装置のある部屋へと戻る。テントを設営すると夕食すら取らず、すぐに各々のテントに潜りすぐさま眠りへと落ちていった。
オカリナの音みたいな部分は元ネタもあったり。
それを全文表現しようとしたら怪文章になったので泣く泣く短く。