53手間
二十階層、火のダンジョンの最上階。その最初のフロアにある転送装置、昨日は十九階層で散々クマと戦ったため、誰も彼もヘトヘトになって即テントを設営し寝てしまった。
朝食を取りつつ十五階層で全滅したパーティの遺品の事を話し合い、一度管理小屋に戻って届けるよりも、ここで最後だからと奥を覗いてみてからという事になった。
「たしかこの階層は魔晶石のある部屋だけじゃったかの?」
「奥に何が居るか有るかは毎回違うらしいが、転送装置のある部屋からの通路と、魔晶石のある部屋があるのは必ず共通してるらしい」
「ふむ、奥にボスがおるかどうかすらランダムとはのぉ…運が良ければ労せず魔晶石の欠片を手に入れられると」
「そうだと良いんだがな。ただボスが居ない場合はここまでの道中が厳しいって話だが…正直今回はわからん。というか、ここまで来るのは初めてだから、今回の探索が厳しい方なのかどうかもわからん」
「ワシは完全に初めてじゃからさっぱりじゃの。道中遺物は手に入らんかったし、なんぞ奥に有ればよいのじゃが」
「たしかになぁ…先に進むの重視で本腰いれて探してたわけでもなし、それにポンポン見つかるもんじゃないからなぁ。それに、一個も見つからないってことも珍しくはないって話だぞ」
「ま、奥のお宝に期待じゃ! それでは出発するかの」
アレックスも含め、過去にこの階層まで到達した者はこの中には居ないので、確かめるためには奥に行くしかないのだ。話を切り上げ、軽く体をほぐしてから部屋から続く通路へと出る。
奥へと延びる二十メートル程の通路は十九階層まで見られた洞窟と融合したかのようなものではなく、一階層で見たような全て白い石材で構成されたものだった。その通路の突き当り、一際豪奢な扉の前に立つ。
「あぁ…この扉、これはボス確定じゃの」
「四階層にあったやつをかなり豪華にした感じだな…」
しかし、わかっているのなら心構えはできる。全員の顔を見回しうなずくのを確認して扉を押し開く。
重い音とともに扉が開くと、そこには奥行きが五十メートルほどはあろうかというドーム状の部屋が広がっていた。
その床は溶岩が固まった黒い岩が所々ひび割れて赤い光が漏れ、鍾乳石の様に十五メートルほどはあるであろう黒い岩が所々に垂れ下がった天井…ドームの頂点には成人男性がすっぽり収まりそうなほどの大きさの多面体の魔晶石が浮いていた。
そしてゲームの火山ステージとでも言う様な部屋の中央には溶岩の池があり、まるで噴火寸前の火口の様に激しく溶岩が舞っていた。
「あそこからなんぞ出てきそうじゃのぉ…」
「下にいたやつのでかいのか?あれなら腕振り回すだけだったし楽勝だな」
「そんなことを言うておると、どえらいのが出てきそうなんじゃが………」
それが合図だったかのように溶岩の池の動きがいっそう激しくなり、その中から溶岩でできた巨大な腕がぬっと伸びてくる。
「みてみぃ、面妖なもんが出てきおったではないか!」
「いやいや、俺のせいじゃないし?」
ジョーンズが俺は悪くねぇとばかりに両手を交差して否定する。
そうこうしているうちにもう一本腕が池から伸び、両手を池の縁にかけると今度は胴体が段々と池から姿を現す。
人で言うならば腰の辺りまで池から露わになる。そこまで出てくる頃には、溶岩でできていた身体が指先から徐々に冷え、黒い岩となってゆく。
頭部のないその姿は、まるで黒い岩で出来たデュラハン。それが黒い足を池から伸ばし池の外へと出てくると同時、背後の扉が重い音と共に閉まってしまう。
「ボス戦からは逃げられぬと…」
「倒すしかないか…。あぁでも、セルカがいるなら楽勝か?」
「さての、油断は禁物じゃ」
話してるうちにデュラハンは完全に池から上がりその全身を晒している。およそ七メートルほどの岩の巨人、所々ひび割れた身体からは赤熱した溶岩が覗いている。
デュラハンが出てきた池はいつの間にか、役目を終えたとばかりに冷えて塞がっていた。
「では、先手必勝じゃ!『ファントムエッジ』!!」
魔手にマナを巡らせ、未だ直立不動のデュラハン目がけ一直線に駆け出す。
掛け声と共に飛び上がり魔手でもって貫手を作り腕を引いて心臓に狙いをつける。
しかし、そうはさせんとばかりにデュラハンは両腕を交差させ胸をガードする。
「でりゃああああ!!!」
ガードごと貫くとばかりに気合と共に突き出した腕は、堅いもの同士がぶつかる音をあげ交差した腕に受け止められてしまった。
「なんとっ!」
デュラハンは交差した腕を前へと振りぬき、その勢いで吹き飛ばされてしまう。
何とか空中で姿勢を立て直し、両足と右手の三点で着地し地面に爪を突き立てて勢いを殺す。
「こやつ…魔物ではないのか?それでもワシの爪が立たぬとは…ただの岩ではなさそうじゃの…」
「セルカの爪が通用しないとか…剣ではかなり厳しいな…」
「「『アイスエッジ』」」
デュラハンを見据えているために表情は見えないが、アレックスの声音から驚愕していることがわかる。しかしすぐにジョーンズと共に見慣れぬ技を発動させた。
「む?はじめてみるやつじゃの?」
「あぁ、元々ここに来る予定だったからな。新しく覚えておいたんだ」
アレックスとジョーンズの剣は、刀身をそのまま一回り大きくしたかのような氷の刃に包まれていた。
「なるほど、それなら効きそうじゃの」
アレックスらが技を発動させると同時に今度は自分の番だとばかりにデュラハンが歩み寄り、上段から岩の拳を叩き付けてくる。
大きさ故かそこまで早い動きでなかったため何とかその場から飛びのくと、今まで立っていた場所に拳が突き刺さり、離れているにも関わらず衝撃が伝わってくる。
「当たれば無事では済まなそうじゃの。じゃが動きはさほど速ようない。カルンとインディは離れて牽制を頼むのじゃ」
その言葉を合図に散開して攻撃を開始する。
アレックスとジョーンズは背後から両足を別々に切り付けるが弾かれて効果は薄そうだった。
しかし、気は引けているようで、そちらを殴ろうと体をひねったところに今度は二方向から大量の氷柱が飛んでくる。
こちらはわずかばかりに体表を削っている。とはいえ小石が欠ける程度でしかないが。
それでも煩わしいのかまたも腕を交差させて、狙われている胴体を庇っている。
「視覚があるのか知らんが隙ありじゃ」
腕が上がっている隙に、今度は右足の脛を思いっきり爪でひっかくと、僅かではあるが岩に爪痕が残る。
蹴りを警戒して後ろに飛ぶと、目の前を岩の拳が通り過ぎてゆく。ガードした体勢からそのまま腕で薙ぎ払ってきたようだ。
「のぉおう、肝が冷えるのじゃ」
体一つ分の隙間があったのに、風圧で少しバランスが崩れるほどの拳圧だった。
デュラハンは機械的な反応しか繰り返さないのか、その後も氷の刃で切り付け、氷柱でガードさせ脛を削るという作業を繰り返しもう少しで脛が自重で折れそうなところでやっと、ワシの爪による攻撃を重点的に防御するようになってきた。
「カルン!削ったところにデカいのを一発入れて叩き折るんじゃ!!」
「任せてください!集中するのでその間はお願いします!」
カルンは目をつむり杖を掲げ集中しマナを集め始める。
そのマナの高まりを感じたのか、今まで殴るか薙ぎ払うだけだったのが、突然地面を削って握り込み、子供ほどの大きさがある岩をカルン目がけて投げようとしてくる。
追撃を警戒して離れていたため、投擲を阻止するのは間に合わないと判断、投げられる寸前に射線上に体を潜り込ませ、魔手を掲げ左手を添えて衝撃に備える。
ゴッッ!という音と共に投げられた岩は、狙い通り魔手に当たり何とか軌道をそらす事に成功するものの、その反動で弾き飛ばされる。
「ガハッ!」
背中から壁に激突し、前のめりに倒れこむ寸前、こちらに駆け寄るアレックスが見えたのを最後に意識は暗闇へと落ちていった。




