52手間
今はクマに吹っ飛ばされた男が逃げてきた道を辿っている。クマから逃げ回っていたとはいえこの階層まで到達しているのだ、流石に一人では来ていないだろうからおそらく五、六人でパーティを組んできていたのではないだろうか。
バラバラに逃げたのか、それとも………。どちらにせよまだ生きていれば出来る限りで救援を、ダメなら遺品の回収をがハンター間でのルールだ。規約ではないから強制ではないけれども。
「血の跡のおかげで逃げてきた道を辿り易くはあるのじゃが…この出血ではどのみち厳しかったじゃろうのぉ」
「管理小屋には一応、薬なんかがあるっちゃあるが…そこまでは持たなかっただろうなぁ」
逃げ回っているうちに負傷したのか、はたまた負傷したから逃げたのか、目を凝らさずとも分かるほどの血痕が点々と残っている。どれほど逃げてきたのかわからないが、見えている範囲のものだけでも素人目にも助かる見込みは薄いだろうと思えるほどの量だ。
「さてカルンや、この血痕の先に誰かおればよし。おらんでもそれ以上は探さんぞ?よいな?」
「はい、すみません。僕はもう大丈夫です」
「よいよい、こういうのは初めてなんじゃろう?なれば仕方ないというものよ」
「セルカさんはかなり落ち着いてますけど、こういう事は前にもあったんですか?」
「んむ、そうよのぉ。にね…二巡りも旅をしておったからの」
危うく二年と口にしそうになったが慌てて言い直す。口にはしなかったが、実際に魔物などで大怪我を負った人や死んだ人、何かに襲われたのか力尽きている人達を見たのは一度や二度ではなかった。
色々と思い出していると、通路の曲がり角でジョーンズが右の壁に寄って左手で静止を促し、そのまま角をのぞき込んでいる。
「さっきのと同じ様なやつがこの先に一匹いやがる。足元に誰か転がってるが、ここからじゃ生きてるかどうかはわからん」
覗くのをやめこちらに下がってきたジョーンズが小声で見たものをしゃべる。
「どちらにせよ、この先に進むには倒すしか無いのじゃ。やるしかなかろう」
そういって角に近づき、その先をそっと覗く。
幸いクマは別の方向を向いていてこちらには気づいて無いようだった。どうしてかは分からないがダンジョン内の魔物は何故か気配に鈍い。
クマの先を見れば、ぴくりとも動いていないが数人が地面に転がっているのが見える。しかし、薄暗いせいでジョーンズの言う通り生死までは判断できない。
「ふむ、こちらに気づいて無いようじゃし、ここは一つ不意打ちと行くかの」
皆の下まで戻り、不意打ちをまず仕掛けることを提案する。
「まずワシがあやつに不意打ちを仕掛け、それで仕留めれれば良し。ダメであれば魔法で気をそらしつつ再度攻撃じゃ」
「それは良いんだが、あいつまでそこそこ距離があるぜ?大丈夫なのか?」
「ふふふ、ワシにいい考えがある。さすがにもう出し惜しみしておるような階層でもないしの」
そう言って通路…といっても半分くらい洞窟と化しているので、そこらに石などが落ちている、それのうち適当に投げやすそうな石を拾う。
右手を魔手と化し角から躍り出て、通路の先で未だ別の方に顔を向けたまま、こちらに気付く気配の無いクマの背後を通し通路の奥へ石を投げつける。
カツーンという音を立てて石が転がると、クマは立ち上がり通路の奥を警戒し始める。そのクマの左肩の後ろのほうに集中する。
「『縮地』!そしてさらばじゃ!」
『縮地』でクマの背後へと跳び、そのまま首を爪で切り払う。頭部はその勢いで吹き飛び、体は前のめりに倒れこみ塵となる。
「ふぅううう、やはりこれはちときついのぉ」
「おぉ、なんだ今のすごいな」
魔手を戻し両手を膝につけ、肩で息をし前屈みになりながらひとりごちていると、後ろからアレックスが駆けてくる。
「今のは縮地という技じゃよ。間合いを詰めるために覚えたのじゃが、正直とんでもなく疲れる上に視界が通って障害物も無い場所にしか移動できず、移動先に集中しておらんといけんから使い勝手は悪いの。それよりもアレックスや、あやつらの安否確認を頼む」
「セルカが疲れる位とかどんだけ体力消費するんだか…。あいつらは俺が見てくるから…そうだカルン、ちょっとセルカを見ててやってくれ」
「お言葉に甘えるとしようかのぉ」
一言つぶやいてその場にへたり込む。一回の使用でこれだ…修練でもなければ連続使用など考えたくもない。
「えっと…大丈夫ですか?」
「あぁ、ただ単に疲れただけじゃから大丈夫じゃよ」
魔法と違って技は、よほどの奥義でもない限りは精神的な疲弊は殆ど伴わない。しばらく休めば直ぐにでも体調は戻る。
しばらくカルンと話しているとアレックスが戻ってくる。その手には五枚のカードと、そのうちのいくつかにネックレスなどの装飾品を括り付けていた。
「ダメじゃったようじゃの」
「あぁ、全滅だな。近くで見たらひどいもんだったよ。誰か誰だかもわからねぇ。遺体は近くに火の川があったから放り込んでおいた。武具もぐちゃぐちゃだったからな。っと、一応確認しておいてくれ」
そういってアレックスはカードを差し出してくる。
「ワシは知らぬの」
「僕も知りません」
幸いと言っていいのか、ジョーンズとインディもそのカードの中に知り合いはいなかったようだった。
その場で少し休憩し、遺体を投げ入れたという火の川の前で手を合わせてから先へと進む。その後はクマに何度か遭遇した以外は特に問題もなく、遂に最終エリア、二十階層へと到達する。
存在を忘れていた縮地さん




