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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
第二章 女神の願いでダンジョンへ
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51手間

 歩き出してしばらく、まだワシが聞いた悲鳴のことが気がかりなのかカルンはそわそわと落ち着かない様子だった。

 心なしか魔法の命中精度も下がっているような気がする。この階層に入ってからは何故か出てくる魔物の数が下の階層より少ないので、こちらに抜けてくる数にさほど変わりがないのが幸いか。

 ワシの言い出したことでこうなっているのだから、さてどう声をかけようかと思案していると、横からぬっと出てきたアレックスがカルンの肩を抱いて少し離れたところに引き連れて行ってしまった。

 わざわざ離れたということは、ワシに聞かれたくないのじゃろうと思い、耳をぺたんとたたみ手で押さえてそっぽを向くことにする。

 しばらくしてアレックスとカルンが戻ってきた。カルンの先ほどまでの不安げな表情は消えていたので、きっとなにかアドバイスでもしていたのだろう。


「わりぃわりぃ。もう大丈夫だと思うから先に進もうか。ところで、なんでセルカは耳を押さえてるんだ?」


「む、話の方はもういいのかの?耳は見ての通り話を聞かんためじゃ。あの程度の距離じゃと、多少声を潜めたところで普通に聞こえるからのぉ」


「あぁ、なるほど。ってことは、セルカの前じゃおちおち内緒話もできんな」


「内緒話をしたいのじゃったら、ワシに一言告げてから十分距離を離して話すことじゃな。したら耳を押さえて聞こえんフリをしておこう」


「聞こえないフリかよ。で、さっきの話は聞こえてたのか?男同士の秘密の約束ってやつだから聞かせたくはなかったんだが?」


「んむ、大丈夫じゃ。そのあたりは細大漏らさずバッチリ…」


「バッチリ?」


「聞いておらん、さすがにそんな無粋なことはせんよ」


「そうか、それならいいんだ」


 アレックスは肩をすくめ、カルンはあからさまにホッとした顔をしている。一体何を約束というか話していたのだろう…。

 その後も暫く通路だか洞窟だかわからない道を進み、時々出てくる魔物を倒していく。


「ふ~む、今まで通りじゃと新しい魔物が混じってくるはずなんじゃが…」


「確かに、道も簡単になっているし、なんというか難易度が下がった気がするな。その代りクソ熱くもなっているけどな!」


 これまでの階層だと上に行くと今までの魔物に新しい魔物が混じり始め、転送装置前の階層で完全に新しい魔物に入れ替わるという法則があったが、十五階層からは何故かウサギの魔物だけしか出て来ておらず、しかも数が減っている。

 十字路が目の前に迫り、先を警戒しようとジョーンズが先行しようとしたその時、左の通路からタッタッタと軽いものが走る音とドッドッドという重いものが走る音が耳に入る。


「ジョーンズよ、左側の通路からなんぞ走る音が聞こえる。覗くのは少し待ってもらえんかの?」


「………たしかに。これはデカいのと小さいのの二つか?」


 ワシの言葉にジョーンズが地面に耳をつけて音を確かめる。皆が戦闘態勢を取り左の通路を睨んでいると、徐々に足音が大きくなり遂に足音の主が飛び出してきた。


「あっ!あんたら助けっ」


 左の通路から飛び出てきた男がこちらを見つけ、助けを求める声を言いきらぬ内に、後から出てきた巨体に反対の通路へと吹き飛ばされて視界から一瞬で消えてしまう。

 まるでギャグ漫画のような吹っ飛び方をしたが、消える直前見えた男は色々とあらぬ方向に体が曲がっていた上に、吹き飛ばした犯人の姿を見てはさすがに笑えない。

 出てきたものはおそらく三メートルは超えているであろう巨大なクマ。その体は紅緋の体毛に覆われ、口からは呼吸に合わせて炎が揺らめき、爪はまるでマグマでできているかのように赤熱している。


「逃げる…か…?」


「ワシの知っている生き物が元なら馬でも無いと無理じゃな…」


 獲物を見定めているのか、左の通路からその巨体を露わにしてからは、立ち上がってこちらを見ているだけで特に動きはない。


「逃げれぬなら、先手必勝じゃ!」


 叫ぶや否や背を低くして突撃し、クマの右手に狙いを定めるが、距離が少し離れていたためクマも即座に反応し、右手でそのままこちらを薙ぎ払おうとする。

 その瞬間、氷柱がクマ顔に直撃し、刺さることこそ無かったが、クマの攻撃の手が止まりのけぞる。


「その右手もらった!」


「「でりゃあああ!!」」


 ひるみ体勢を崩したクマとすれ違いざまに右手を撥ね飛ばし、そこへ間髪入れずにアレックスとジョーンズが怒声と共にクマの胸へと剣を突き立てる。

 深々と突き刺さった剣を手放し二人が後ずさると、しぶとくも未だ立ち続けるクマに向かって氷柱が次々と着弾していく。

 ひとしきり氷柱の雨を受け続けたクマはついにその巨体を傾け、倒れきる寸前にその体は塵となり、胸に突き刺さったままだった剣だけが、がらんがらんと地面へと落ちる。


「ふぅ、見た目のわりには意外とあっさりいったな」


「当たらなければどうということはない、というものじゃな」


 見た目と出てきた時のインパクトの割りにあっさりと倒せたことに安堵し、一応吹っ飛ばされた男の安否を確認しようと右側の通路を覗く。


「これは…なんともあの男も運がなかったといえばよいのか…これではカードの回収も無理じゃのぉ…」


 覗いた先に男の姿は無く、ただ溶岩の池だけが顔をのぞかせていた。いつの間にか剣を拾ってきたアレックスが続いてワシの見ていた先を見に来た。


「火の池に落ちたのか?誰かは知らないが運が悪かったなぁ…」


「あー…たぶんじゃが、吹き飛ばされた時点で即死じゃったと思うぞ?色々と曲がってはいかん方向に曲がっておったからの」


「あれ見えてたのかよ…確かにあれだけ派手に吹っ飛んでたら、生きてるほうが酷なことになってたろうな…」


「もしかしたらなのじゃが、ワシの聞いた悲鳴はあやつに襲われていた男のパーティの者ではなかろうかの」


「ってことはこの先に転がってるかもしれないってことか?」


 火の池に手を合わせ、左の通路の方に目をこらしてみるが、とりあえず見える範囲には何もなさそうだ。


「そうじゃのぉ、あのクマがまだいる可能性もあるが…どこに行っても同じかの」


 クマという明らかに危険な魔物の出現で、更に気を引き締めて先に進む事になるのだった。

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