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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで…?
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479手間

 矢があっちに飛び、石がこっちに飛び、兵が鼓舞する声をあげ、まるで喧嘩祭りのようだなとぼうっと考える。


「ふぅむ、やはり射かけておる数の割に減ってはおらぬのぉ」


「向こうの方が坂の下とはいえこの距離ですからね、その分魔物の投げる石も殆ど届きませんが」


 膂力(りょりょく)がヒューマンの比ではない豚鬼(オーク)が投げているのだろう、矢が何とか威力を持つ距離で上に投げているのにも関わらず、ボコンボコンと垣盾(かいだて)に直撃している。

 だがそれもほんの一部、ノイマン伯爵のいう通りやたらめったら投げている石の殆どは、砦までの坂の途中に落ちるか城壁に当たって堀へと落下していたりする。

 それでも石は石、当たれば痛いし死にはしないだろうが当たり所が悪ければ昏倒だってしかねない。


「矢が勿体なくはないかの?」


「全く仰る通りで…本来であればもう少し引き付けるのですが……」


 ノイマン伯爵がちらりちらりと意味ありげに周囲に目線を送る。

 その先には萎縮して垣盾(かいだて)の裏に亀のように引きこもる貴族令息、令嬢たち。

 たしかに攻撃が飛んでくる状況で、機を窺って息を潜めて待つなど実戦を経験したことのない子供にはキツイ。

 下手にストレスをかけて魔法などの暴発、暴走を起こされても困るという訳か。


「しかしまぁ、文字通り面の皮が厚い奴らじゃの」


「よく…お見えになりますね」


「目が良いのも自慢じゃからの、ふぅむ今のところ歩みを遅くするくらいしか効果が出ておらんの」


 小角鬼(ゴブリン)たちは肩口に矢が刺さっても煩わしそうに抜いて進み、豚鬼(オーク)どもは顔に矢が刺さってもお構いなしに前進している。

 それが鬱陶(うっとう)しいのか少々足並みが乱れ、射かける前より遅くなっているがその程度だ。

 とはいえ奴らの進軍もここまでだろう、まず最初に城壁の両端、一番魔物に近い位置にいる兵たちの魔法が魔物の先頭集団を射程内に捉えた。

 指揮官による「魔法放て!」の号令一発、城壁の両端から一斉に放たれる火の玉は、吸い込まれるように先頭にいる小角鬼(ゴブリン)に命中し奴らを容赦なく吹き飛ばす。

 魔法が届くようになるという事は、弓も十分な殺傷力を持つ射程ということ。

 魔法の掃射が始まってからさして間を置かず、地面を覆う動く絨毯のようだった先頭の小角鬼(ゴブリン)集団は動かぬ絨毯となる。


「ほうほう、これは見事じゃな。揃って魔法を撃つというのは中々派手じゃのぉ」


「お褒めにあずかり光栄です。やはり魔法の一斉投射はいつ見ても何度見ても心躍る光景ですな」


 弓と魔法による型にはまったかのような魔物の掃討、その光景は味方を鼓舞する特に若者には効果抜群だろう。

 先ほどまでは地獄に一人で放り込まれたかのような顔をしていた中等部の者たちが、英雄の顕現をその目で見たかのように生き生きとしている。

 既に勝ちを決めたかのように喜ぶ彼らを尻目に、ワシは未だに進軍を止めない魔物を訝しげにねめつける。


「ふぅむ、しかしおかしいの。あれほど一気に倒されれば、散り散りになって逃げそうなものじゃが…」


「普通であればそうでしょう」


「ふむ?」


 ワシの口から出た疑問に、ノイマン伯爵がしたりげに答える。


「彼らは飢えているのです、小角鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)は十分な食料や場所があれば凄まじい勢いで繁殖します。ですが彼らは農耕などしません、果実や獣、肥沃な大地でも限界というのはある。普段は弱い奴らが飢えて死んで、そいつらが口減らし兼食料になってるのでしょう、しかし稀に一気に数が増えて群れ全体が飢える事があるのです、そうなると……」


「なるほど、こうして他の土地を目指すという訳じゃな。しかし、そうなるとこちらを目指すより他の場所に行った方がよいのではないかえ?」


 こちら側はいわば奴らのその繁殖力に負けて追い立てられた地、奴らのいる場所に比べて随分と枯れている。

 ならば向こう側は肥えているのだから、他の土地を目指した方が良いのではないかと考えるのは当たり前だろう。


「さてそれは分かりません、ただ近いからなのかそれとも別の理由があるのか…しかし、それは私どもには関係のない事、問題は奴らがこちらへ襲い掛かってきているということただ一つ。しかも奴らは後ろに下がらない、何せ引いても飢えて死ぬだけですからね」


「進んで死ぬか引いて死ぬかというわけかえ…死兵に加え飢えた獣とは厄介じゃのぉ」


 つまりは全滅させねば勝ちはない、なるほど学生といえど手が欲しくなるわけだ。

 しかも防衛に適した場所で飢えて視界が狭くなってるモノの相手、さほど危険も無い。


「じゃが、実戦の経験のない者にとって、飢えて決して引かぬ相手というのはなかなか恐ろしくはないかの?」


「セルカ様のご懸念、ごもっともな考えでございます。ですがご安心を、奴らめは燃え尽きる前のロウソクの如しすぐその勢いを減じます、何せ飢えているのですから」


「あぁ、なるほどの。腹が減っては戦は出来ぬ」


「まさしく」


「いやいや、歴戦のノイマン伯爵はともかく、なんでセルカもそんなに冷静…というよりもお気軽なんだ」


 震えるほど緊張していたクリスだったが、まるでそこらでお茶でもしながら気軽に話しているようなワシらに気が抜けたのか、呆れたように聞いてくる。


「クリストファー様、私には分かります。セルカ様は私と同じく歴戦の猛者、共に戦地を駆けれぬのが残念でなりません」


「うむうむ、今のこの足ではのぉ。じゃがまぁ、今はこの戦いを楽しむ他あるまい」


「ですな!」


 呵々とノイマン伯爵と共に笑い、垣盾(かいだて)の裏から体を斜めにして乗り出すと魔法(・・)小角鬼(ゴブリン)が消え豚鬼(オーク)だけとなった集団の、兵たちの魔法が届いていない箇所へと撃ち込む。


「ふはは、はじけ飛ぶがよい『ファイヤーボール』狐火ばーじょんじゃ!」


「え! セルカ、魔法は!」


「ふはははは、大丈夫じゃクリス。ここはなんぞ知らんが力が湧き出るようじゃからのぉ! この杖も見事じゃし、何発撃っても大丈夫じゃ」


「この辺りはマナが濃いですからな。おぉ、セルカ様の魔法は凄まじいですな、豚鬼(オーク)どもが乾いた苔のように吹き飛んでおります。私も負けておれませんな!」


 杖を持ちワシに続けとばかりにノイマン伯爵も、魔法を豚鬼(オーク)たちにむけて撃ち込む。

 それを見て何故ここに来たのかようやく思い出したのだろう、中等部の者たちも殺傷力はないものの足止めの効果はある火種の法術を次々飛ばし始めた。

 殺傷力はないといってもそこは火の玉、当たれば熱いし運が悪ければ火が回ってそのまま大地を転げまわる事になる。

 久々の戦いのせいなのか、上機嫌で魔法を撃ち込むワシを含め順調に魔物を撃破している為に、誰も一向に豚鬼(オーク)どもの数が減っているように見えないことに気付かないのであった…。

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