478手間
砦の城壁は上空から見れば中央の門が底となるように緩やかなカーブを描いており、その両端一番外側にこの砦の兵、その次に学院の制服を着た高等学部の人たち、その内側にワシら中等部そして一番中央にもこの砦の兵たちという配置になっている。
城壁の各所には大人一人を余裕で覆い隠せそうな大きな板に支柱をつけ鉄板で補強された垣盾が等間隔に置いてあり、門の外には二重の空堀、外側の空堀にかけてある橋はどうやら固定式のようだが内側、門の前の橋は上がっており、実に防衛戦らしい形態となっている。
「ほうほうほう、これは幾ら数で魔物が押し寄せようと大丈夫そうじゃのぉ」
「お褒めにあずかり光栄です、ですが魔物も馬鹿ではありません。流石に投石機の類は持ってませんが、魔法や弓、石を投げてくるのでどうかその垣盾より出ないようお願いします」
「ふむ、ということは豚鬼と小角鬼が混じっておるのかえ、それは何とも珍しいのぉ」
「えぇ、どうも豚鬼が小角鬼を飼っているようでして…」
「なるほどの」
「矢とか魔法は分かるけど、石はそこまで怖くないんじゃ?」
ノイマン伯爵とワシが話していると、クリスがそんな疑問を挟んでくる。
確かにクリスは石など投げられたことなど今まで無いだろうし、矢や魔法といった危険度が分かりやすい攻撃ではないが…。
「クリスや石を舐めてはいかんのじゃ、矢や魔法より圧倒的に脅威じゃろう」
「その通りでございますよ、クリストファー様」
「何故に?」
「簡単じゃ石の方が痛い、何より誰でも扱えるからのぉ。弓や魔法は修練を積まねば役に立たぬが、石を投げるなど誰にもできるじゃろう? 投げるのが苦手なモノでもそれなりの大きさの石を、上に放り投げることが出来るのならばだけでそれなりに危ないしの。それに相手は豚鬼や小角鬼じゃヒューマンより膂力は上じゃろう、そんな奴らが石を一斉に投げつけてくれば…しかもここはその石がたっぷりあるからのぉ、矢も魔法もタネが尽きれば終わりじゃが石投げはまず切れぬ」
「な、なるほど…」
光が外に漏れぬように片側だけ覆われた篝火の光に淡く照らされているクリスが、雨のように石でも投げつけられたところを想像したのかぶるりと震える。
「ま、垣盾の裏にでも隠れておったら、よほどの大岩でもない限り大丈夫じゃろうて」
「そういわれると、何故か大きな岩を投げられそうな気がするよ」
「ご安心ください、クリストファー様。そのような目立つものを抱えていれば、我が砦の精鋭たちがすぐさま射殺すでしょう」
「それもそうか。ところでノイマン伯爵、貴方はこの砦の指揮官だろう? 私たちの傍にいていいのかい?」
髭ずらをニッコリと歪めて、安心するようクリスにいうノイマン伯爵、その言葉でクリスは安心したのだろうがワシの角度から見ると篝火の明かりで出来た影のせいで山賊が獲物を前にニヤリと笑ってる様にしか見えない。
そんな感想をワシが抱いてるとは露知らず、言われてみればと思うようなことをクリスがノイマン伯爵へと聞く。
「確かに権限としてはそうですが、此度は息子に指揮をとらせます。ここで活躍できれば両家の覚えめでたく、私に万が一のことがあっても若造とは舐められなくなるでしょう」
「なるほどの、過保護じゃのぉ」
「あぁ…」
ちらちらとワシとクリスを交互に見ながらノイマン伯爵が言うので、ワシはニヤニヤと意図を理解しクリスも少し遅れて分かったのか呟きを漏らす。
要は頑張るから頑張ったって言ってねという事だ、ヴェルギリウス公爵家とエヴェリウス侯爵家の太鼓判があれば確かに誰からも文句を言われないだろう。
高等学部の貴族たちは気負い過ぎてるのか周りに気がいっていないし、ワシら以外の中等部の者は怯え切ってすでに垣盾の裏に隠れ周りを見る余裕は無さそうだ。
ワシらが怯えていれば守って点数を、今回は肝が太いと思ったのだろう、山賊の頭領みたいな風貌をしているくせにちゃっかりしている。
「さてお二方、間もなくでございます垣盾の後ろに」
「あぁ」
「うむ」
ガチャっと着ている鎧の音を立て、姿勢を改めて正すノイマン伯爵。
彼の言葉通りクリスとワシは、分かれて垣盾の後ろへと隠れる。
「アニスやおぬしは砦の中に隠れておってもよいのじゃぞ?」
「い、いえ。お嬢様がお逃げにならないのになぜ私めなどが逃げることが出来ましょうか」
「ワシは戦えるが、おぬしは戦えぬであろう」
「確かにその通りでございます、ですが! 私はお嬢様の車いすを動かすことが出来ます!」
口ではこう言っているが、車いすを持っている手が震えていることから実際はかなり怖いのだろう。
とはいえ誰かいなければワシはスムーズに動けないことは確か、クリスやノイマン伯爵は戦えるので手を塞ぐのは悪手だろう。
だがやはりと再度ワシが口を開こうとした瞬間、ボゴンと垣盾へと何か硬いものが投げつけられる音が聞こえ始めた。
「残念ながら、彼女が逃げる暇は無くなったようですよ」
「そのようじゃな…流れ弾に当たってはいかんからのぉ、アニスやワシの後ろから動かんようにの」
「かしこまりました」
盾と盾の間から時折飛び込んでくる拳大の石に、びくりとしながら震え涙声で応えるアニスに苦笑いする。
その時、投石の間断を縫って弓を射かけるよう怒声が響く、その直後ワッと兵士達の声があがり矢が飛ぶ音が聞こえはじめる。
遂に始まったかと息を短く吐き出しキリリと気持ちを引き締めるのだった…。




