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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで…?
497/3456

475手間

 山間から僅かに届く陽の光に、松明の灯りを足してようやく人心地つく明るさの頃。

 吐く息も白く、馬車の中でも厚手の毛布で体を包み込まねば、ひとときもじっとはしていられないだろう。


「ふぅ…。それにしても仰々しいのぉ」


「砦への援軍や、食料なんかの運び込みも兼ねているからね」


 この街に向かってくる魔物の集団を知らされた翌日、ワシら学院の中等部の者は要は社会見学として先ほどクリスが言っていた街からの援軍と同道して砦へと向かっている。

 砦の名はエヴェリウス侯爵領外縁砦、その名の通りエヴェリウス侯爵領の外縁に建っている。

 といっても実際にはエヴェリウス侯爵領の一番外ではなく、人が安全に(・・・)住める場所の一番外という意味らしい。

 かなり古い砦らしくこの領内では現存する最も古い砦らしい、その長い歴史に相応しく名前も持ち主も山頂から麓まで転がる石のように二転三転している為、今では何のために建てられたのかは知られていない。

 そんな砦の現在の役割は、ワシらが砦へと向かっている理由…魔物の襲撃から街を守るためだ。


「しかし、昨日の今日というのに随分と準備の良いことじゃのぉ」


「普段から備えていたからじゃないかな」


「ま、ワシらが知らされたのと、彼奴らが知らされたのが同じ頃と決まっておる訳でもないじゃろうしの」


 ワシらと同道している兵たちは、援軍の名に相応しく到底両の手では足りぬほどの大行進。

 ぐるりとワシら貴族の馬車を囲む歩兵と騎兵、その後に続く食料や武具などを載せた荷馬車の列は、何も知らねばすわ戦争かと思いかねないほどの威容だろう。

 クリスの話では砦まで馬で一日ということだったが、それは身軽な者が馬で飛ばさず向かって丸一日。

 重い食料や武具を載せた荷馬車もあるこの集団では、早くともニ、三日はかかるだろうとは帯同する騎士の言。


「間に合うのかのぉ…」


「見た所焦っている様子も無いし、急いで先行する人たちが居ないから大丈夫じゃないかな?」


 兵たちが巡回しているとはいえ盗賊や魔物が居る、極力主力であるこの部隊が消耗しないよう半日ほど先行している露払いの者はいる。

 だが彼らは援軍ではない、問題ないことを伝える為に一定数こちらに戻ってきては交代して、露払いに行くということを繰り返している。

 もちろん情報がすべてワシらに教えられているということなどあり得ない、ワシらはあくまでお客さんで戦力外なのだ。

 逆に考えればお客さんで戦力外の者を抱えても大丈夫ということなのだろう。

 だが言外に告げられる役立たずのレッテルに、男の子のプライドというものが傷付けられているのか、クリスは先ほどから窓の外も見ることなく沈痛な面持ちだ。


「今までクリスは、戦や荒事などを見たことはあるかえ?」


「今まで見たことは無いよ、これが初めてになる。なにせ盗賊なんかが襲ってきたら馬車からは決して出してもらえなかったし、そもそも戦どころか誰かと競うことすらカルンが来て初めてだったからね」


「ふむ、ま、公爵家の跡取り息子じゃ、大事にされておる方が当たり前じゃろうな。それに若い時分に競い合う者がおるというのは良いことじゃ、カルンも随分と必死になっておったようじゃしのぉ。ところでじゃ、クリスらは何をそんなに競っておったのじゃ?」


「えっ、あ、あぁ、うん、乗馬だよ乗馬。あいつは王国に居た時から乗馬は習っていたんだろう? だからね、こっちも負けるものかと、がんばらねばとね」


「ふむ?」


 何故か慌てたクリスのあっちこっちに泳ぐ目を、ワシは捕まえようとじっと見つめる。

 しかし、男の子ならば人に言えぬような下らぬことでも競うかと、ついと目を逸らせばあからさまにほっとしたクリスが息を吐く。

 それかから三日、景色が高原の羊飼いがのんびりと歩く姿が似合いそうな牧歌的な風景から地面の岩や土がむき出しの高山地帯の風景へと移り変わる頃。

 ようやくエヴェリウス侯爵領外縁砦がある山の麓へとたどり着くのだった…。


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