472手間
莫大なマナによる身体能力向上、それが一時的に失われていたとしてもワシの身体能力は常人をはるかに超える。
だから多少モノが重くて常人では取り回しが難しいモノでも、ワシであれば扱うのは容易い、そうワシであれば…。
「すまんのぉクリスや…」
「男子たるものこのくらいは…ね」
ワシもこの杖を作ったブロワも浮かれていたのだろう、この杖を振るうのは間違いなくワシだが、この杖を運ぶのはワシではないのだ。
ワシの移動は基本車いすで、それ以外は抱えられている、つまり杖を運ぶのはクリスかアニスになるということだ。
幸い車いすには傘立てのように杖を立て掛けるところがあり、そこを少々補強して使っているので直接持つよりは随分とマシだろう。
それに常識外れの重さでも無いのもよかった、大人五人がかりで動かすようなとかになれば、危うく車いすが潰れるかクリスが潰れるのが早いかということになりかねなかった。
そして今はその若干重くなった車いすをクリスが押して、高等学部の東にある魔法の訓練場へと向かっている途中だ。
「今日は杖を使った法術の訓練ということじゃが、どんなことをするのかのぉ」
「私も杖は魔法を使うモノと思ってたからね、杖で法術を扱うなんてここに来るまで思いつきもしなかったし、誰かに聞きもしなかったからね」
ワシが杖を手に入れた丁度よいタイミングでというよりも、ワシが杖を手に入れたからようやく始めれる事になった魔法を習得する前段階。
杖を用いた法術の訓練、杖は宝珠の機能を肩代わりする一種の増幅アンテナなので、この訓練はその増幅部分を使いこなすためのものであろうか。
そんな事を考えつつやって来たのは、以前ワシが魔法を使って倒れた所とは別の訓練場、あちらに比べ的までの距離が半分ほどなせいで随分とこぢんまりと感じる。
「さて諸君にやってもらうのはいつも通り火種の法術だ、ただし今回は杖を介して使って貰う。目標としてはあの的に当ててもらう事だが、いきなり出来るとは期待してない精々足元に落ちるればいい方だろう」
「アレは学ばんのぉ…」
「セルカがいっつも挑発するから、意固地になってるんじゃない?」
ユールスがワシらを小馬鹿にしたようにやることを指示してくる。
一応小馬鹿にするだけのことはあり、少々大きめの火種を見事緩やかな放物線を描いてユールスは的に当てている。
「あれは魔法じゃないのかい?」
「うむ、あまり見た目では分からぬがの、周りのマナに干渉しておらぬからあれは正真正銘法術じゃな」
「そうなのか…私にはマナが見えないから分らないな」
「まぁ、魔法をしっかり学べば見えずとも分かるんではないかの、こればかりは感覚じゃからのぉワシも杖無しでは魔法が使えぬから、どう違うかというのは分からんしの」
どちらにせよ今は魔法は教えてくれないのだ、しっかりと杖の使い方を極めねばなるまい、単純に増幅してくれるのであれば魔法が使えずともかなり便利なのだから。
「そこの二人、ごちゃごちゃ喋ってないで早くやりなさい」
「はいはい…なのじゃ」
どこからその自信というかなんというか湧き出てくるのか、ニヤニヤとまるでワシが法術を上手く使えぬことを確信しているかのような笑み。
だがワシとクリス以外で前回魔法を使えたものは的にまで届いてはいないものの、すでに足元は優に超える距離までは届かしている。
といっても生まれて初めてボールを投げたかのようなヘロヘロとした、なんとも頼りない軌道ではあるが…。
「しかし、やるのはいいけど間違えて魔法を使いそうだよ…」
「そこは大丈夫じゃろう、魔法はこう…ぶわっと広がる感じじゃが、法術はぎゅっとする感じじゃからの」
「ごめんセルカ…ぜんっぜん分からない」
「ぬぅ…まぁよい、では見て覚えるのじゃ」
車いすの杖立から杖を抜き左手で持って杖の先、魔石側を的へと向け杖を介して先端にぎゅっとマナを集めるように火種を発動させてから的へと放つ。
真っすぐとした軌道を描き的へと直撃した火種は、流石に元が弱々しい火なだけあり当たると同時に掻き消えて、少々的に焦げ跡をつけた程度にとどまった。
「こんな具合じゃな」
「うーん、やっぱり見ただけじゃ法術と魔法、区別が付かないな」
「そうかのぉ、全然違う気がするのじゃが…」
法術は自分の中のマナを、魔法は自然に存在しているマナをそれぞれ利用しているので全然違うのだが、具体的にどこがどう違うのかと聞かれたらそうなのだとしか答えられない。
一番近い例えは自分の口から出る声とスピーカーから出る声の違い…なのだがスピーカーという物が無いので分かるはずもなし。
憎々し気にワシを睨むユールスを尻目にどう説明したものかと腕を組み、うんうんと唸るのであった…。




