471手間
地脈を何とか意識せずとも見ないように出来始めた頃、ちらちらと肩にとまれば濡れることなく溶けそうな粉雪が降る休日。
学院の敷地内にある公爵家の屋敷の応接間そこでクリスと二人、とんと忘れてた人物と相対していた。
「クリストファー様、セルカお嬢様、大変お待たせして申し訳ございませんでした。本日、セルカお嬢様の魔導器が完成いたしましたのでお持ちいたしました」
「気にするでない、元々無理な注文をつけておったからの。してその杖はどこかの?」
「これに」
型通りのあいさつをした後、ワシの杖を注文していたブロワ魔導器店の店主、ブロワ・ヘイゲルがぱんぱんと手を叩く。
すると彼女の店の従業員だろうか、若干礼装に着られている感のある屈強そうな男が二人、豪華な金の装飾が施された長方形の箱を男二人がそれぞれ箱の両端を持ちながら運んできた。
ワシとブロワを挟むテーブルにゆっくりと置かれると、ブロワが仰々しく箱の蓋を開ける。
「おぉ、これは何とも見事な杖じゃのぉ」
箱の中から現れたのは、ワシの腰くらいまでの長さの漆黒の身に、銀で表現されたレギネイの花で鮮やかに飾り立てられた杖。
杖の頭、魔石が嵌っている部分は竜の持つ玉のように三本の銀の爪で留められ、意匠が少々男の子向けっぽいがレギネイの花以外は完全にデザインを任せたので仕方ないかと納得する。
だが出来は文句など自らくるりと引っ込むほど素晴らしく、魔導器というよりも一個の芸術作品と現した方が相応しい物がそこにあった。
「セルカお嬢様のご要望通り丈夫さを求めましたが、セルカお嬢様がお使いになるという事を考え太さを抑えたのですがその分丈夫にするために重さが増えましたので、一度お手に取って確かめて頂ければと……」
「ふむ、分かったのじゃ」
すこし申し訳なさそうなブロワに促され、杖の中程をもってヒョイと持ち上げる。
まるで枯れ枝でも持ちあげたかのように軽々と拾い上げたワシを、後ろに控えた先ほどの男二人とブロワが目を丸くして見つめている。
「まるで手に吸い付くように馴染むのぉ、ドレスのように何度も合わせておらぬというのにすごいの」
「お…お褒めにあずかり光栄です。その…セルカお嬢様、重くはございませんか?」
「いや、重くはないの」
おずおずと聞いてくるブロワに、まるでダンベルでのトレーニングのように杖を上下させて問題ないとアピールする。
「その…杖に使われておりますモノは、グアイアクムと呼ばれる木の心材でございまして、鉄のように硬く重いといわれるものなのです。もちろん、そう表現されるだけで実際は鉄よりも固くも重くも無いのですが、私どもが知る木の内で最も重く最も硬いのは事実でございます」
「ほほう、そんな木があるのじゃのぉ」
「はい、重さや硬さ以外にもマナを非常に通しやすいという特徴がございまして、セルカお嬢様がお使いになる魔導器としてこれ以上相応しいモノは無いと自負しております」
「ふぅん、そんなに重いのか」
「はい、クリストファー様。魔導器の素材としても非常に優秀なのですが、その重さと硬さゆえに通常は設置型の魔導器にしか使われないような代物なのです」
「そうなのか…。セルカ、ちょっと私も持ってみていいかい?」
「うむ、落として怪我せぬようにの」
ワシがあまりにも軽々と持つモノだから重いという事に疑問を持ったのか、クリスが両手を差し出してくるのでその上に杖をゆっくりと乗せる。
すると漆黒の杖は、鉄のように重いという自身の評判を思い出したかのように、ズンとクリスの両手の上で存分にその評判が真実であると主張する。
「うわっ!」
「おとと、危なかったのじゃ」
予想以上だったのか、クリスが思わず取り落とした杖を空中でひょいとキャッチしてクリスの足に直撃するのを防ぐ。
「えっと、セルカ。杖の重さを法術で軽くしてる…とかじゃないよね?」
「うむ、さしものワシもそんな法術はしらんのじゃ」
「獣人は力が強いとは知っていましたが、これほどとは…」
「確かにそうじゃが…ワシはその中でも特別じゃからの。普通の獣人は確かにヒューマンより同じ体格でも強いが、それでも多少強いといった程度じゃぞ」
ブロワが心底感心したような声を出すので、流石に過度な期待をさせてはブロワにも見知らぬ獣人にも迷惑が掛かるので、ワシが特別強いだけだと釘をさしておく。
その後ブロワと話をし彼女がちゃっかりしてるのか、それともクリスがワシの杖を見て羨ましくなったのか、杖を注文する楽しそうなクリスの姿に肩を竦めるのだった…。




