469手間
また夢を見た。昨日同じ夢を見たからだろうか、今度は目覚めずともあぁ夢かとぼんやりと考える。
今日はまるで昨日の夢の続きのように、ゴウゴウとまるで大河とそれに流れ込む木の根のような支流と表現するのが相応しい、薄緑に輝く光の奔流が眼下を流れている。
夢の中で夢であると自覚しているのは確か明晰夢と呼ぶのだったか、そのせいなのか昨日は感じなかったチリチリと肌を焼くような圧力を感じる。
しかしそれは嫌な圧力ではなく、むしろ心地よいと感じる不思議な感覚だ。
「ふむ、折角じゃからちと飛び回ってみるのもよいかの」
独り言が反響することなく消えるよりも早く、もっと近くで光を見ようと大河目掛けて落ちるように飛んでいく。
だがしばらく飛んでみても、手を伸ばせばすぐに届きそうに感じるのに一向に距離が縮まらない。
もしかするとあまりにも巨大すぎて、遥か遠くにあるのに近くに感じているのだろうかと飛ぶのを止める。
さてどうしたものかと腕を組み周りを見渡していると、ふと大河から伸びる支流の一本に目が留まる。
本流も支流も本物の川と同じように同じ場所を滔々と流れているのに対し、その一本だけがまるで一方だけ括り付けられた千切れたロープが嵐でうねるかように暴れている。
「おーおー、なんじゃあれは…」
派手に暴れているがただそれだけだ、はるか遠くにあるのなら害も無いし手も出せない。
直ぐに興味を失い他に何かないかと見回すものの、一度気にしたからかそれとも近くにあるかのように錯覚するからか。
暴れる支流が目障りで、思わず目の前を飛び回る虫を捕まえるかのように支流を左手で握ってしまう。
その途端、何かがどっと流れ込んでくるかのような感覚と、赤熱した鉄を握ったかのような痛みを手のひらに感じ思わず声をあげる。
「じゅっぁ!!!」
がばっと体を撥ね上げるように起こし左手を見るが綺麗なモノで、焼け爛れた跡も無く痛みすらも今は感じない。
苦悶の声をあげ、思わず右手で左手首を掴むように持ったせいか、驚いたスズリが尻尾から飛び出して心配そうにワシの顔を覗きこんできた。
「はぁ…そうじゃった夢じゃものな……変な夢のせいじゃから大丈夫じゃよスズリ」
くりくりとスズリの頭を撫で、ふぅっと息を吐き辺りを落ち着いて見れば見慣れたベッドからの風景に、もう一度安堵の息を吐いてぽすんとベッドの上に寝転がる。
もう一度寝直そうかなと思ったが、ワシのあげた苦悶の声に驚いたのは当然スズリだけでなく、バタバタと警備の兵を連れ侍女たちがワシの部屋へとなだれ込んできた。
「お嬢様! ご無事ですか!!」
物凄い勢いでスズリが尻尾に隠れると、同じぐらいの速度で天蓋から垂れる幕が上げられ、すわ賊でも侵入したかと四方を警戒する兵とどれほど慌てたのか侍女服が少し崩れたアニスと後ろに控える侍女たちが目に入る。
「あぁ、すまぬ。変な夢を見てしもうての、それのせいじゃ賊では無いから安心せい」
「そうですか…それはようございました」
一応ワシが脅されてそう言わされているのではないかと警戒していた兵たちだったが、賊ではないと分かるとアニスら侍女と共にほっと安堵の様子を見せる。
「ですがあれほどの声をあげる夢、ご気分は如何でしょうか?」
「最後にちょいと驚かされただけじゃから大丈夫じゃよ」
最後にぐるりと部屋を一周見回った兵が部屋を辞すると、すかさずアニスが気分はどうかと聞いてくる。
それに少し苦笑いしながら答え、ふと気になったことをアニスに聞いてみる。
「ところで吹雪はどうなったかの?」
「はい、吹雪でしたら先ほど暖炉の火に砂をかけたようにすっと弱まりまして、いまはちらほらと雪が降る程度でございます。ですが、敷地内の雪かきや安全確認の為に本日も学院はお休みでございます」
「そうかえ」
流石貴族の学校だ慎重というか、のんびりしているというか。
だが休みならば二度寝もいいかなと思うものの、すっかりと目が冴えてしまいそんな気分ではない。
まだ雪が降っているからか少し薄暗い空を窓越しに眺め、そういえば降り積もった雪などここの国の人にとってはそう珍しくない事だろうが、ワシからすれば何時ぶりの事だろうかと目を細めるのだった…。




