47手間
翌日も朝からダンジョンへと向かう。五階層で認証は終わっているので今日は五階層からとなる。
転送装置の使い方は簡単、魔法陣の中に入ってしばらくすれば勝手に飛ばされる。
魔法陣が光り、パシュンという弾けるような音とともに光が消えれば転送完了だ。
「音と光が無ければ、飛ばされたと分からぬほどじゃのぉ…。それに周りの風景も同じじゃし、間違えて別の階層に来てもわからんのではないか?」
「それに関しては大丈夫じゃないか?入口にある黒いやつが基点って呼ばれるものらしいんだが、それ以外は最後に認証した所と基点の間でしか飛ばされないらしい」
「なるほどのぉ、しかしそうなると上の階層の遺物は取りつくされてそうじゃのぉ。二十階層位で止めておいて、構造が再形成されたらまた来て遺物は取り放題じゃろうし」
「それなんだが、昔同じこと考えたやつがいたらしくてな。構造が変化すると、なぜかもう一度認証しないと飛べなくなるらしいぜ」
「ふむ、ズルは出来んということか」
五階層目もダンジョンの構造自体に「火の」と言う名前に関連しそうな部分はなく、蛆虫の中に四階層目のボスだった巨大な蛾を小さくしたものが混じるようになった程度だった。
「う~む、ちっこくなったのは氷柱も届くようじゃし、楽なのはよいのじゃが…とはいえ近づくのは嫌じゃしのぅ。おぉ、思い出したら怖気が」
巨大な虫にあんな間近まで近づいたという事実を思い出し、両手で自らの体を抱きしめてブルブルと身震いをする。
「セルカは虫が苦手なのか、意外だな。こっちとしちゃ、デカい蛾が混じったことで羽音と火の粉が目立ってくれて見つけやすくて助かるがな」
「女の子なんですから、虫が苦手で当然ですよ!それにダンジョンだと魔法を使っても疲れにくいですし、セルカさんにはボスに向けて体力を温存してもらわないと!」
揶揄うように言うジョーンズと、それを諫めているのかそれともワシに言っているのかカルンが続く。その言葉にワシが虫嫌いなのは男のころからじゃとは流石に言えなかった。
「任せっきりなのは心苦しいが、いまはその言葉に素直に甘えておくかのぉ」
「あ、え、あ!はい!もっと甘えてください!」
「それはちょっと違う気がするがのぉ………まぁ、それではよろしく頼むの」
前半は聞こえないようにつぶやき、張り切ってるところに水を注すのも悪いと任せることにするが、視界に入ってくるアレックスやインディのニヤニヤ顔が鼻につく。
さすがにここまで露骨に何度もニヤニヤしてたら嫌でもわかる。こやつら、ワシとカルンがくっ付くのを楽しみにしておるだろう!
しかし、前世がどうのこうの言うつもりも無いが、今はまだそのようなことに心は靡かない。ふとそこまで思い「今は」と考えてる自分になぜだかおかしくなりクスクスと笑う。
「精神は身体に引っ張られるなぞと思っておったが、存外バカにはできんのぉ」
「ん~?なんか言ったか?」
「ただの独り言じゃ」
四階層目までより随分と複雑になった通路に少し時間を取られながらも順調に階層を登ってゆく。
「ふぅむ、だんだん比率が変わって来とったが、ついに蛆虫がおらんようになったの」
そういって九階層目、最初に出会った蛾の群れの最後の一匹を爪で叩き落とす。
飛んでいるからなのか、動きの鈍い蛆虫と違ってこちらの魔法を躱して近づいてくるものが出てくるようになったため、だんだんとワシを筆頭に近接組も戦闘に参加するようになってきた。
「蛆虫でなければガマンは出来るの」
「つってもよ、数は多いし通路は同じようなとこばっかで気が滅入るし…さすがにそろそろ一度休まねぇか?」
八階層目まで登ったとき、一度に二十匹くらいの虫の大群が現れた時はさすがに叫びそうになった。
幸いにも、比較的に狭い(といっても大人が数人ならんで通れるくらいの余裕はあるが)限定空間ゆえ、魔法で大半は落とすことができた。
しかし、そんな数がひっきりなしに現れるため、魔法使いの二人の疲労がかなり蓄積していた。
洞窟の時は長期間休憩なしでも何の疲労も感じなかったが、それは単に戦闘が少なかったからだ。現にカルンは杖を文字通り杖にして歩いており、目に見えて疲弊している。
「確かに休んだほうがよいのぉ。こう同じ場所が続いておると時間もわからぬ。しかし、休めるところがあるかのぉ」
「今のところ小部屋には魔物が出て来てないし、そこならたぶん安全だろうから、そこで一度寝よう。俺たち魔法を使わない組で、念のため見張りを交代で立てれば安全だろう」
「いえ…僕も…見張りをやりますよ…」
「いやいや、カルン。おぬしはしっかりと寝ておれ。すでに息も絶え絶えではないか」
「ですが…」
「ですがも何もない!この先、どれだけの数が居るかわからぬ。そこではおぬし等の魔法が頼みなのじゃ。その肝心な時に疲れが取れてなくて魔法が使えません、ではいかんのじゃ。だからしっかりと休んでおくのじゃ」
「ですが………いえ、わかりました。セルカさんにしっかり頼ってもらえるようがんばります」
肩をしっかりつかんで叱咤すれば、一度俯いてしまったが、後ろから来たアレックスがカルンの頭を撫でてやれば、顔を上げて今度は決意をにじませた瞳でがんばると伝えてくる。
しばらく見つめあう形になってしまい急に恥ずかしくなって、慌てて肩から手を放し背を向けてしまう。
「う、うむ。無理はせんようにの?それでは急いで休めそうな小部屋を探すのじゃ!ほれ、ジョーンズさがせさがせ!」
その様子を厭らしい笑みを浮かべて眺めていたジョーンズの足を、何度も蹴り飛ばし恥ずかしさを紛らわす。
「いってーーー!セルカ、お前の蹴りは洒落にならんから!わかった、わかったからやめろ!」
その後運よく魔物と遭遇することもなく休めそうな小部屋を発見し、カルンとインディは相当に疲労困憊だったのか横になってすぐに寝息を立て始めた。
そろそろ恋愛系のタグも保険の意味でもつけておいたほうがいいのかな…?




