464手間
薬学部にてレイロフから、モルティフェルムの葉を譲ってもらったその日の夕方。
いつも通りクリスと二人の夕食を終え自室に戻った後、自室の隅にしつらえられた調合スペースへと向かう。
当初机と薬研と乳鉢、そして薬や薬草類を保管する棚だけだったそのスペースはワシが出来ることが増えるにつれ卓上に置ける蒸留器などが追加され、なかなか迫力あるスペースと化している。
「さてと、まずは乾燥じゃな」
「乾燥…でございますか?」
アニスが様々な器具が入った棚の中から、煎薬用の土瓶を取り出す手を止め首を傾げる。
「乾燥させた方が効果は高いとレイロフ様は仰られておりましたが、本日お飲みになるのではないので?」
「法術で乾燥させるから問題ないのじゃ」
「乾燥の法術は難しくマナの消費が多い割に、乾燥させた物を痛めるのであまり良くないと聞いたことがあるのですが…」
「普通はそうじゃろうの、しかしワシの乾燥は世界一じゃ! 何せこの尻尾のふわふわな毛並みを損ねぬよう努力しておるのじゃからな」
「なるほど…ですが何故痛む可能性もあるのに法術で乾燥を?」
「アニスや……この尻尾、普通に乾燥させたらどれほどかかると思うておる」
ワシの言葉に納得がいったのか、ぽんとアニスは手を叩く。
そんなアニスを尻目に、ワシはモルティフェルムの葉に乾燥の法術をかけていく。
するとみるみると多少萎れているものの緑だった葉っぱは、見事なまでの枯れ葉へと変貌していく。
「それでは早速…」
乾燥したモルティフェルムの葉の一枚を土瓶の中へ適度に崩しながら入れて、そこへ法術で水を加える土瓶の蓋をする。
その土瓶を泥炭を置くための皿と五徳の様な支えがあるだけの簡易的なコンロの上に置き、泥炭に火をつけて土瓶を加熱する。
中身が沸騰し始めたら泥炭を幾つか取り出して火を弱め、ここから四半刻ほど煮だしてしっかりとエキスを抽出する。
「さてとこっちは」
「お嬢様こちらを」
「うむ」
残った乾燥させたモルティフェルムの葉をアニスが用意してくれた陶器の壺の中に入れ、湿気を吸うという樹皮を剥いだ木の枝を一緒に入れて、中に何があるか書いた犢皮紙を蓋に挟んで保管棚へとしまい込む。
アニスと他愛ない話をしながら暇をつぶし、土瓶の中の水が半分くらいになった頃を見計らって土瓶を火からおろす。
土瓶の中身を布を張った濾過器でこして、別途用意したティーポットへと入れそれを素早く奪い取ったアニスが用意されたカップへと煎汁を注ぐ。
「見た目は普通のお茶じゃの」
「香りも悪くはございませんね」
見た目は胡桃色の透明なお茶、香りも火を入れた訳じゃないのに何故か香ばしいほうじ茶のような香り。
「それでは頂こうかの」
火から下ろしたばかりでまだ熱いそれを、火傷しないようふぅふぅと息で少し冷ましてからカップを傾ける。
「に、にがいのじゃ…」
中身が僅かも減ってないカップを一度机に置き、苦いと…そう表現するしかない味に思わず口を押える。
「そこまでですか?」
「うむ…良薬は口に苦しとはいうものの、ここまで苦いとは思わんかったのじゃ」
口直しにとアニスが差し出してくれた水を呷る。
興味深そうににしているアニスに少し飲んでみるかと口にしかけて、言葉にする前に口を噤む。
モルティフェルムはマナの少ないものにとっては猛毒、アニスも貴族令嬢であり平民よりはマナはあるだろうが、どの程度のマナから毒になるか薬になるか分からない。
「興味はあるじゃろうが、口にせんようにの」
「お嬢様のものですから、勝手に頂くような不敬は」
「そういう事では無いのじゃが…とりあえず今はこれを飲み切らねばの……」
文字通りの苦行であるが足が治る可能性がある限り、これを飲まないという選択肢はない。
意を決したものの、結局飲み干したのは煮だした時間の何倍もかかってからの事だった……。
 




