463手間
レイロフは語りつくして満足したのか、アニスの淹れてくれた冷め切ったお茶を一気にあおる。
おかわりをレイロフのカップにアニスが淹れないところを見るに、それなりにアニスも彼に対して呆れているのだろう。
「レイロフや、そんなものを入手したという事は今日は何もなしという事かえ?」
当初より色々任せてもらえることが多くなったものの、ワシはまだまだ素人に毛が生えた程度。
今までも貴重な物や重要な研究の際は、薬学部の活動が休みになることもあったので聞いてみたのだが、今回は珍しくレイロフはその首を横に振った。
「いえ、今回はセルカ様にもご協力頂こうかと」
「ふむ?」
「モルティフェルムは周囲から吸収したマナの量に応じて、その効能を高めるのではないかと…そう言われておりまして、それはこの様に摘んだり乾燥させてもその特性は失われないらしいのです。なのでモルティフェルムは、腐らないよう乾燥させ長い間熟成させた物が最高級品なのです」
「ほほう、まるでお酒のようじゃな」
「正しく、現にモルティフェルムを漬け込み熟成させたモルティフェルム酒なるものがあるとか、私はお酒を嗜みませんしそれこそ我々下位貴族にはおいそれと手の出せないお値段な上、毒性も強化されていますので下位貴族程度のマナでは死んでしまいます。それでもどうせ死ぬのならと今わの際に朝露ほどのモルティフェルム酒を飲んで死ぬのが夢だという方や、実際にそうする下位貴族は多いらしいですよ」
「なんとも酔狂なことじゃなぁ」
毒のあるものは美味しいなどというが…どこにでもうまいもの食べる為ならば、死んでもいいという輩はいるのだなぁなどと遠い目になってしまう。
「話が逸れてしまいましたね、それでセルカ様にお願いしたいのはモルティフェルムの熟成です」
「話からしてそうじゃろうとは思っておったが…どうやるのじゃ?」
「やることは簡単です、モルティフェルムの葉にマナを注ぎ込んで頂ければ」
「ふむ、しかしそれは既に試されておるような気がするのじゃが?」
「えぇ、ですが熟成に多量のマナを要求される上に、かなり繊細なマナの制御が必要らしく軽くならばともかく、しっかりとした熟成までには至ってないらしいです、公表されている限りは…ですが」
なるほど、確かにそれならばワシに頼むのが一番だろう。
しかし、人工的な熟成だと天然物より品質が落ちるイメージがあるが、レイロフが頼むと言っているのだからそこはワシが気にする所では無いだろう。
「分かったのじゃ、引き受けよう」
「ありがとうございます。それでは早速ですが、まずはこれにほんの少しだけマナを込めてください」
レイロフが手元にあるモルティフェルムの葉の束から、数枚だけを抜き取ってワシの前へと置く。
ほんの少しというのがどれ程かわからないが、葉の持つマナに少し足した程度でいいだろうと葉の上に手をかざしマナを注ぐ。
「葉が持つマナに少し足した程度じゃったが、それでよかったかの?」
「えぇえぇ、流石ですね。純粋にマナだけを与えるのは難しいと、私が手に入れた研究資料にも書いていたのですが」
「たしかにマナだけを注ぐという事はそうそうないじゃろうしのぉ、けれども感覚としては法術を使うのとさして変わらんのじゃ」
「なるほど…確かに資料にも同じようなことが書いてありましたが、感覚が同じ故に思わず法術を発動させてモルティフェルムの葉をダメにしてしまったと泣き言も……」
その後もレイロフにいわれた通りにモルティフェルムの葉にマナを注ぎ、レイロフは”ほんの少し””たくさん”などと書かれた複数の犢皮紙の上へと葉っぱを仕分けていく。
さらにモルティフェルムの葉は手元にあった束だけでは無かったらしく、さらに追加で持ってこられ全てにマナを注ぎ終えるころにはワシはすっかり疲れ切ってしまっていた。
「流石にこれ以上はしんどいのじゃ…」
「ありがとうございます。まさか一回ですべて終わるとは思ってもいませんでした」
レイロフは礼を述べながら、犢皮紙でモルティフェルムの葉を包み紐で縛ってゆく。
すると”たくさん”と書かれたモルティフェルムの葉の数枚を、レイロフはワシに差し出してきた。
「モルティフェルムはマナの異常を治める効果もあると聞きます、必ずその様な効果が出るとは限りませんが…」
「おぉ、それはありがたいのじゃ」
一応寝る前にマッサージや動かす努力をしているが、決定的な治療法というのは無かった。
そんな中効果がランダムとはいえ効くかもしれないという薬草、これがありがたくない訳がない。
「本来は乾燥させた方が良いらしいのですが、生のままでも十分効果はあるとのことですから。お眠りになる前に一枚だけ煎じてお飲みください」
「ふむ、わかったのじゃ」
レイロフはこの後、早速なぜ生と乾燥させたもので効果の大小が決まるのかという事を調べるという。ワシはマナ切れに近く、今日の所はそのまま屋敷へと戻ることにした。
ぐったりと、ともすれば車いすの背にだらしなくもたれ掛かりそうになる疲労感の中、初めて手に入れた足の治療への文字通りの足掛かりに、疲れた体に反し気持ちはまさに飛び上がりそうな様子のまま屋敷に帰るのだった…。




