462手間
何といえばいいのだろう…いい歳した大人が、葉っぱの束を天に捧げるように掲げて恍惚の笑みを見せている。
言葉を丁寧に丁寧に岩盤のように分厚く覆ってなお、不気味とか気持ち悪いという言葉しか出てこない。
薬学を修めているレイロフが、そこまで気持ち悪い行動をしている葉っぱという事は相当に貴重なモノなのだろう。
かじった程度とはいえワシも多少薬学を覚えた身、レイロフにそこまでさせるモノに興味がない訳では無いが、やはり気持ち悪さが先立って声をかけることに躊躇してしまう。
「お嬢様……」
「うむ……ふぅ、レイロフや…」
「あぁ! これはセルカ様、気付きませんで申し訳ございません」
アニスに促され、ようやく声をかけたものの、名前を呼んでからさてどうやって話しかけるかと逡巡している間にレイロフがワシにやっと気付いて礼を取る。
本人は先ほどの醜態をいささかも気付いて無いのか、それとも気にしてないのか平然とした様子でいつもの穏やかな表情へと戻っているが、それでも葉っぱは後生大事に手で持っている。
「のう…その葉っぱは何なのじゃ? 余程のモノのようじゃが……」
「セルカ様、よくぞ聞いてくださいました。こちらの薬草はエヴェリウス侯爵閣下の口添えもあり、ようやく…ようやく手に入った物なのでございます」
「ほ…ほう…」
思わず聞いてしまい、しまったと思うものの後の祭り、レイロフはそれはもう興奮しきりな様子で入手の経緯やらを話し始めた。
ワシらは入り口にレイロフは立ったままだったのでアニスに促され、部屋の中にある区切られた一角、応接間の様な所に移動する間にもとくとくとレイロフは語り続ける。
「それで…それほど苦労して手に入ったモノなのじゃ、どの様な効果があるのじゃ?」
応接間へと移動して、アニスが用意してくれたお茶を飲み終えても入手の苦労話が終わりそうにないので、強引に話を葉っぱの事へと向けさせる。
「はい、この薬草は…一言で表すならば覚醒する効果があるのです」
「覚醒…? 麻薬という訳かえ?」
だからあれほどレイロフは恍惚としていたのかと、ワシは眉をひそめる。
覚醒というあまり日常で使わない言葉は、危ないお薬を連想させるに十分だ。
この国にもその手のモノはあり、ある種の苔を特殊な環境で育てた場合にのみ、多幸感を得られるお薬の材料になるという。
娯楽の少ない労働階級の者や享楽を追い求める貴族の間で流行り、クリスが産まれる少し前までは合法だったそうだが、現在ではご禁制に指定されているという。
当然と言うか、その手の薬にありがちな激しい頭痛や手の震えなどの後遺症があるのだが、その為に強引な手段で麻薬を入手しようとした一部貴族の行動が問題となり、めでたくご禁制に指定されたらしい。
ご禁制といっても粘銀の様な重いものではなく、今でも一部の最底辺の労働者階級の者には日常品であるらしい。
というのもその最底辺というのは犯罪奴隷などの者らしく、危険な作業をする為に恐怖心を和らげるため、そして禁断症状を罰として利用している為らしい。
もちろんレイロフもそれは知っているだろう、ワシの冷ややかな目線にぶんぶんと首を振って自分は無実だと訴えている。
「いえいえいえ、そんな危ないものではございません。まぁ確かに効果としては危ない側面もありますが……」
「その危ない効果はどんなものなのじゃ?」
「この薬草、モルティフェルムというのですが、これは猛毒にございます」
後生大事に持っていた葉っぱモルティフェルムだとかいうものをレイロフはそっとテーブルの上に置く。
ワシは思わず距離を開けるように仰け反ってしまったが、当然の反応だろう猛毒と言われて食いつく者がいたら奇人変人の類だ。
例え毒が効かない身としてもだ…。
「ご安心を、猛毒として作用するのはマナの少ないもの…正確に言えばマナを生み出す能力が低いものに対してでございます。その様な者の場合は少しかじっただけで即座に死に至るほどなのですが、法術を問題なく使える者の場合は逆に良い効果をもたらしますので」
「ほ…ほう、そうなのかえ」
確かに誰にでも猛毒となるのならば、あれほど気軽に持たないだろうと仰け反っていた体を戻しまじまじとモルティフェルムの葉を眺める。
見た目は手のひらを広げたような、カエデの葉を細く引き伸ばしたかのようだ。
「これは元は木なのかえ?」
「いえ、岩場の地を這うように広がる蔦の葉でございます。その見た目から足跡の葉なども」
「ふむ…して先ほど言っておった良い効果とはどんなものじゃ?」
「実はこの薬草、効果は定まっていないのです。人によって現れる効果は様々で、文献によるとよく見られるのは体内で生まれるマナを一時的に増やしたり、マナの流れを良くして体調を整えたりと、いずれにせよマナに関連した効果を持つようです」
「ほほう、それは面白い薬草じゃのぉ」
「えぇ、その秘密を探るために取り寄せたのですよ」
どうやって調べようなどとまたトリップしだしたレイロフを、お茶のお代わりを持ってきたアニスと二人、冷ややかな目で見つめるのだった…。




