461手間
教室でクリスに傷薬を渡し別れた後、ワシはアニスに車いすを押され最高学部にある薬学部へと向かう。
相変わらずワシ以外に部員が入ってこないので、未だにレイロフとワシの二人だけ。
だがレイロフは騒がしいのは苦手という事で今の状態を気に入っており、ワシも気兼ねなくレイロフに教えを乞えるので二人ともさしてこの現状を気にしていない。
そんな薬学部へ向かう人はワシかレイロフくらいなので、その前の廊下は普段は閑散たる有様なのだが今日に限って一人、いやその後ろに二人控えているので三人の男が立っていた。
「ん? おぉ、誰かと思えばカルンではないかえ。ちょっと見ぬ間に男前を上げたのぉ」
「久しぶりだね、ねぇや…いや、ここではセルカって言った方がいいか」
三人組の男の内、中央の男は少し背が伸び凛々しさが増したカルンだった、確かにこれは親の欲目という訳でも無いだろうが、令嬢たちは放ってはおかないだろうというイケメンだ。
流麗でキラキラとした王子様然としたクリスと、雄々しく力強さに満ちたカルンの二人は、正反対の雰囲気でありながら見たことは無いが並び立てば絵になるであろうこと間違いなしだ。
それよりも今はカルンがここに来た理由を聞くのがいいだろうと、首を小さく振って想像をかき消してから口を開く。
「カルンがここへ来るとは珍しいの、もしやおぬしも薬学部に入りに来たのかえ?」
「いや、セルカに会いに来たんだよ。本当はもっと会いに来たかったんだけど、クリストファーの野郎やこいつらが邪魔をしてな」
カルンは憎々しくそう言い放つと、握りこぶしに親指だけを立てて、「こいつら」といった後ろに控える二人を指さす。
後ろに居るのはカルンの学友かと思っていたが、よくよく見れば刃渡りは短いものの帯剣しておりカルンの護衛だということがわかる。
だからだろうか、カルンに「こいつら」呼ばわりされても苦笑いするばかりで声を発することは無い。
だがカルンが気安く「こいつら」と呼び、彼らも苦笑いしてはいるもののその目は優しく生温かくカルンを見守るようなで、それなりに親しい仲なのだろうと思える。
「その…後悔とか嫌とかはないか? セルカが望むのなら王国に逃げた帰ったっていい、これは……。そう思っている人は私以外にもいるから大丈夫だ」
「うーむ、確かに自分の足であちらこちらにと行けぬのは嫌じゃが…これはこれで皆がちやほやしてくれるから良いの」
あっけらかんとワシが言い放ったからか、カルンは少し眉を上げて驚いた後すこし悲し気に眉を下げ、掻きむしるかのように頭に手を当てる。
「そう……わかった。けどセルカが望めばいつだってそうする準備があることだけは覚えておいて」
「うむ、その気遣い覚えておくのじゃ」
言いたいことはそれだけだったのか、カルンは手をひらひらと振って護衛二人を引き連れて帰っていった。
「アニスや、今聞いたことは他言無用じゃ。それともちろん、話に乗っかるつもりは無いからの」
「かしこまりました」
後ろを振り向かずアニスに言ってから、少し意地悪しようかとニヤリと口元を歪める。
「じゃがぁ、クリスがもしワシを泣かせるようなことがあれば、もしかしたらもしかするかものぉ」
「クリストファー様に限ってその様なことは無いかと」
「ほんとかのぉ」
いわゆる、実家に帰らせていただきますというやつだ、だがワシの声音に愉悦が混じっているのがバレバレだったのか、「ふふっ」とアニスは笑みを漏らしてからクリスなら大丈夫だとワシに切り返す。
クスクスとアニスと二人、笑い合いながら薬学部へと向かいその扉を開ける。すると中ではレイロフが何かの葉っぱが束になった物を、聖遺物でも掲げるかのように持ち上げ恍惚とした顔でそれを見つめている姿が目に入る。
もし扉を開けたのがワシだったら、そっと閉じていたところだろう。だが残念ながら開けたのはワシではなくアニス、けれどもアニスもレイロフの姿を異様と思ったのか中々前に進まない。
しかしもう扉は開けてしまったし目撃もしてしまった、アニスに目配せして中へと進んでもらい一度深くため息をついてから、レイロフへと声をかけるのだった…。




