460手間
中等部に入りワシらの担任となったユールス先生、彼の理論やそれを技術として習得するためのやり方はなるほどと膝を打つものが多い。
しかし、そのやらせ方が問題だ…そこまではしっかりと柔軟な発想をしているのに何故か実践となると非常に頭が悪くなる。
どんなやり方のモノでもやらせ方はただ一つ、ひたすら繰り返させる。
むろん物事を習得するに反復練習は当たり前なのだが、彼はそれだけなのだアドバイスも無く、個人の得手不得手も自分で言及していたにもかかわらず関係なくやり続けさせる。
その姿勢はむしろわざとで、普段意見はおろか口を利くことすら難しい上位貴族を、いびって遊んでいるのではないかと勘繰ってしまうほどだ。
「であるからして、マナは清廉な泉などの傍では水などの性質が強く出ており、また暖炉の傍など火を長く使う傍では火の性質を僅かながら帯びることが分かっている。そこ! 集中を切らさない!」
長々とした座学というのは集中力を削るにはうってつけだろう、教壇に立つユールスは話を聞かせながら体のどこでもいい、教壇から見える位置に法術で火種を灯して授業の間ずっと維持させろ、という事をやって居る。
法術に集中してというのであれば、比較的楽なことではあるが他に話を聞きながらだとどうしても維持が難しくなり、消えたか揺らいだかした生徒の一人をユールスは皮肉げに叱咤している。
彼は何故かワシに対して問題にするほどあからさまでは無いものの態度が悪いので、彼をおちょくる為に耳の先にぽぽんと二つ火種を灯して授業を聞いている。
さらに貴様よりワシの方がすごいんだぞとばかりに、通常の火種やロウソクの火のように涙型の炎でなく、完全に球形の色味すら一定にして火種を使い続けている。
夜空に輝く星をそのまま持ってきたかのような火種は、完全にワシの中のマナだけを利用しているからこそできる技だろう。
「うむうむ、あの驚愕と悔しさが混じった表情、実に壮快じゃ」
「確かにセルカに対しての態度は褒められたものじゃないけれど、セルカもやり過ぎないようにね」
「うむ、わかっておるのじゃ」
ユールスが目を逸らすたびに火種を増やしたり重ねて串団子のようにしたりして、こちらを見るたびにユールスが見せるリアクションを楽しんでると横からクリスがやんわりとワシをたしなめる。
おちょくるのが主目的とはいえしっかりとワシの実力を見せるというのが目的だ、以前は直接嫌味にもとれることを言ってきていたのだが、今は表情などに現れる程度で直接嫌味を言う事は無くなっている。
法術の効果を高める方法の授業の際のことだ。
「殆どの者が法術や魔法を発動させたのち、それにマナを更に追加していく形で効果を高めていくがこれでは効率が悪い。ならばどうするか……答えは単純だ、発動後に追加すると効率が悪いなら、発動する前に追加すればいい。息を強く吐く際に徐々に強くしていくよりも、誰もが一度大きく吸い込んでから吐くだろう? それと一緒だ。ではやってみるのだ、と言いたいところだが効果を高めるから当然危険性もその分増す、なので安全のために一人一人見て回るから私の前で見せなさい」
ユールスはそう説明しつつまずは自分で実践した後、ユールスは教壇に近い者から見て回り、誰もが力んでから発動させている中、ワシだけが明らかに力む素振りすらない。
「さぁ、私の言った通りのことが出来るならやってみなさい。それとも発動前にマナを込めるやり方が分からないのかね?」
そんなワシを見て勘違いしたのか、ユールスは出来の悪い生徒に言うかの如く優しい声音だが、その顔はそんなことも出来ないのかと歪んでいる。
「いやなに、どの程度にするかと悩んでおっただけじゃ。ほれ、この通り…これで問題ないじゃろう?」
「むっ…いいでしょう、まったく出来るならすぐにやりなさい」
ワシはそんな態度のユールスに向かってニヤリと笑い、通常指先程度の大きさの火種を拳大で手のひらの上に発動させる。
それも、普通は通常の火のように揺らめくところをボールのように球形に固定した状態で。
彼が事前にお手本として見せた時は少し力んだ素振りを見せた後、人差し指と親指を輪にしたくらいの大きさの揺らめく火の玉だった。
それをワシは外から見た限りでは何の予備動作も無く、しかも自分の火種より圧倒的に大きく、さらには発動後も完全に制御下においている。
ユールスを黙らせるには十分だったろう、面白くなさそうに言い捨ててからすごすごと教壇に戻る姿は実に壮快だった。
それからは彼は事あるごとに面白くなさそうな顔はするものの、特に嫌味を言う事も無く授業をしている。
ワシとしても彼の授業は為になるので害がなければ、何かしてやろうという気も全くない。
「さて本日の授業はこれで終わりだ、さきほど言ったことが出来なかったものは残ってやるように」
「これが無ければのぉ…」
「確かに…これさえなければねぇ」
回想に浸っている間に今日の授業が終わり、高圧的に言い捨ててユールスが教室を出ていく。
こんな風に彼は居残りや、みんなの前で何度も何度もやり直しさせることが多い。
自業自得ではあるが、その性で教室の皆には彼はことごとく嫌われている。
一応授業内容は分かりやすいし、質問にも丁寧に答えてはくれるので教師として悪くは無いのだが…。
ワシが呟きクリスが同意したように、この繰り返させた上で放置するやり方をしている、その一点で評判を落としている。
「さてと、それじゃあ私は先に行くよ」
「うむ、っとそうじゃこれをあげておくのじゃ」
「傷薬か、ありがとう。丁度前のが効果がなくなってきたところなんだよ」
「じゃと思っての昨日作っておいたのじゃ」
マナを込めた傷薬は効果が高い分、マナが抜けると劣化が激しい。
効能が完全になくなる訳では無いので通常の傷薬としての効果はあるのだが、マナが抜けているので通常の物よりも効果が劣る。
なのでワシは、定期的に乗馬で擦り傷が多いクリスに傷薬を作って渡すのが恒例となっている。
クリスは麗しい見た目と王子様然とした雰囲気で、正真正銘の王子様であるカルンと並び令嬢たちから非常に人気がある。
特に初等部の新しく入ってきた令嬢方はワシとクリスの関係を噂でしか知らない、しかもこの国では複数の妻を持つことが禁止されていないので、第二夫人あわよくば正妻にと擦り寄ってくる者が多いらしい。
正妻の座は譲れないが、クリスやヴェルギリウス公爵が望むなら第二夫人を娶るのも否定はしない。
だがやはりそうなると面白くないことは確か、なのでこうやって柄ではないがクリスはワシのだと、令嬢や何よりもクリスにアピールしているのだが、何故かカルンが一番それを気にしているという話を聞いてワシは首を捻るのだった…。




