459手間
ワシは自分の感覚で、養父様は信仰心から髪から零れてるマナは問題ないと判断したとは言え前代未聞の状態だ。
養父様はこの国の首都である神都ヴェルギリウスに向かい、この晶石の粉に関する文献が無いか調べるという。
「前は気分が悪かったから、すんなりと休めたのじゃが…」
最終的には信仰心で無害と断じたものの腐っても医者、万が一があってはいけないと三日ほど屋敷での静養を言いつけられた。
神都に向かうのにも道中と先触れの準備で、それくらいの日数がかかるらしいので丁度良いとのことだ。
そしてその日の夕刻、空がもう少しで茜色に染まるという頃、クリスがワシの部屋へと見舞いにやってきた。
「セルカ、大丈夫なのかい?」
「おかえりなのじゃ、見ての通りピンピンしておる。まぁ念のため三日ほど様子を見るようにと、養父様には言われてしもうたがの」
つかつかとすぐにでもワシの様子を確かめたいのか、クリスがベッドの脇へと大股でやってくる。
「いや、様子見とかじゃなくて、治療法か治める方法を見つけないの?」
「む? 別に慌てる必要は無いんではないかの? ほれ、綺麗じゃろ?」
胸の前で両手を上下させて力説するクリスに向かい、髪をバサッと跳ねるようにかき上げて晶石の粉をまき散らす。
字面は何となく汚いが、実際は薄緑に淡く光る晶石の粉がダイヤモンドダストのようにキラキラと舞い、火の粉のように消えていく様は幻想的だ。
「確かに綺麗だけども…エヴェリウス侯爵から聞いたけ話では、それは目に見える程に濃いマナ何だろう? それほどのマナが抜けて平気なわけが」
「ワシからすればこの程度のマナは、あくびのようなものじゃしのぉ…それにこのマナの源は封印のようじゃしの、封印の効果の許容量を超え始めたんではないかのぉ」
「それってつまり堤から水が漏れ始めたってことだよね? それこそ危ないんじゃ…」
「増水した川じゃったらの、溢れる水はすべからくワシのいのままじゃ、封印が一気にすべて吹き飛ぶような事でもない限りは問題なしじゃ! むしろ漏れ出る水を足掛かりに、一気呵成に封印を喰いつくしてくれようぞ」
「よくわからないけど、セルカが無事なら私はそれで十分だよ」
ベッドの上で上半身だけ起こして胸をはってドヤ顔をするワシをクリスが先ほどまでの真剣で固い声音から、優しくやわらかなものに変えて微笑む。
「あれ? でもそれなら封印もセルカのマナ何だよね? 自分のマナならどうにかならないの?」
微笑んでいたクリスがふと思いついたかのように首を傾げ、そんなことを聞いてきた。
「うむ、もちろんワシも最初そう思ってどうかしようと思ったのじゃがの、結果は見ての通りじゃ。どうも封印に取り込まれたマナは別物となっておるようでの、それでいてワシのマナと寸分違わぬ気配での、下手に手を出せんのじゃよ」
「そう…なんだ」
体の中を巡る血液の流れを自らの意思で止めたりは出来ないが、常に流れてていても何か流れているという違和感を覚えないのと一緒、という感覚が一番近いのだろうか。
要はワシの中に在ってワシの意思では操れぬ異質なモノが、それを違和感として覚えることが出来ないという事だ。
「封印さえ敗れれば足も動くようになるじゃろうし、ワシとしては吉兆じゃの」
「足が治ったら、どこかへ行ってしまうのかい?」
クリスが突然、陽が陰ったかのように暗い表情で寂しそうに呟いた。
確かに少し前であれば、それを実行してもおかしくはなかったのだが…。
「お互いの親が決めた政略結婚じゃが、ワシとしてもその……不本意では無いしの」
言外にどこにも行くつもりは無いと伝えれば、くるりと今度は朝日のように煌く笑顔でクリスが輝く。
しかし、煌くほどの笑顔といえどそこに幼さは無く、正直いって正面から見るのは中々に辛い。
思わずプイッと顔を背けるが、耳がソワソワと動いているせいで何で顔を背けたのかは、耳が赤くならずともクリスには分かってしまうだろう。
そんなワシの顔を何が楽しいのか体を大げさに動かして覗き込んでくるクリス、今覗き込まれるのは恥ずかしいのでサッとまた顔を背ければまたクリスが覗き込むを繰り返す。
傍から見れば実に恥ずかしいやり取りを、移るような病気でないと判断された後からずっと部屋の中に居た侍女たちに、ワシが気付いて尻尾に隠れるようにうずくまるまで続けられるのだった…。




