457手間
ワシの朝の身支度は、アニスを始め侍女たちの仕事。言葉にすればそれだけだが、ワシの場合これがなかなかの大仕事。
何せワシには自慢の尻尾がある、一本一本が小さな子供より大ボリュームの尻尾が九本。
これを梳いて香油で磨いてと、数人掛かりとはいえそれなりに手間がかかる。
おかげでワシではなかなか手の入らないところまで手が入り。
ただでさえふわふわでもふもふが、ますますふわっふわのもっふもふである。
これにはワシの尻尾を住処にしているスズリも大満足、ちなみにそのスズリはこの手入れの間はベッドの下に隠れている。
今日もそんな風に手入れされていたのだが、尻尾と同時に髪を梳いていたアニスがふと手を止める。
「あら…?」
「ん? どうしたのじゃ?」
「その…お嬢様、昨日の内に翡翠か何かを砕いたものをお使いになられました?」
「その様なものは使ってはおらぬが?」
薬学部でのことを言っているのだろうが、昨日は何だったかの植物から薬に使う油を抽出しただけ。
屋敷にも養父様から贈られた、簡易な調薬の道具類はあるが昨日は使っていない。
そもそも薬学部では翡翠などの鉱石類は取り扱って無いし、毎日法術を使い綺麗にしているのでそんなものは付着していないはずだ。
「その、御髪を梳くのに合わせ薄緑色のキラキラとした粉が…」
「むぅ…?」
薄緑色という事は当然だが綺麗にしているしフケではない、あったとしても白に近い色のはずだ。
しかも梳く度にとなればそれなりの量のはず、学院の者やいつも車いすを押してくれるクリスが気付かない訳が無い。
「その粉とやら見せてくれんかの」
「それがキラキラと舞ったかと思えば、溶けるように消えてしまいまして」
「ふぅむ…?」
本当かとアニス以外の侍女たちにも顔を向けてみるが、こくおくと頷いてアニスが言っていることは本当だと首肯する。
「ふぅむ…はっ、おぬしらはすぐに部屋から出るのじゃ、今日は休むと学院にそれとすぐに来てくれるよう養父様に連絡じゃ。おぬしらその粉とやら吸い込んではおらんの?」
「はい、吸い込んではおりませんが…それとまだお手入れの最中ですので…」
「だめじゃ、これが何らかの病気の類とも限らぬからの」
「ですが」
「くどいのじゃ、おぬしらが万が一倒れては誰がワシの尻尾の手入れをしてくれるのじゃ」
髪の毛から薄緑色の粉が出てくる、朝故に頭が回ってなかったが明らかに異常なことだ。
何か変な病気の症状とも限らない、渋る侍女たちを何とか部屋から追い出して、手入れの為に起こしていた体をベッドへと横たえる。
「うぅむ、何も手に付かぬし何かが髪に付いてるような手触りも無いのぉ…」
手櫛で髪を少し乱暴に梳いてみるが、すぐ消えるとアニスが言っていた通り手には何もついてはいない。
人の気配がなくなり、ベッドの下から出てきたスズリを撫でようと手を伸ばしたところではたと手を止め、病気だったら危ないとスズリを遠ざけて養父様が来るまでの間、悶々と部屋の中で過ごすことになるのだった…。




