456手間
少しばかり長めの休みが終わり、今日からワシらは中等部となる。といっても教室が西にある中等部の校舎へと移り、それと担当の先生が変わるだけで生徒の顔触れは変わることが無い。
「私が今日から諸君らの指導を担当する、アイネアース伯爵が次男ユールス・アイネアースである」
やって来たのは少し気が強そう…いや、尊大な態度な小太りの男。
金髪に碧眼の目を俺は偉いんだぞとばかりに歪めた、正直第一印象は全く良くない小物といった感じ。
立派な金髪も染めた訳では無いのだろうが、ヴェルギリウス公爵のモノに比べると幾分か色がくすんでいる気がする。
しかし、伯爵以上の者が居る中でこの態度、一応先生は例え相手が上位の者であろうと学院内に限り立場が上になっているとはいえ大物である。
もしくはだからこそ虚勢を張っているのか…。
「さて諸君らが中等部で学ぶことは、初等部で学んだ法術の集大成である。魔法へと至る一歩手前といったところだろう、その為に法術を今度は技術として学んでもらう」
法術は使える者にとっては特に意識していなくても使えるもの、先生の印象は決して良くないが話の内容は楽しみだと居住まいを直す。
「早速だが授業といこう。我々が使う法術は、剣術や乗馬などと同じく技術である、だからこそ得手不得手というのは存在する。といってもそこまで気にする必要は無い、何せ全く使えない者もいるのだからな。我々は問題なく使える、それだけ優れているのだ」
ふふんと鼻を鳴らして言い切る先生、全く使えない者とは明言はしていないが、要はマナの少ない人たちのことであろう…。
マナが少ないからといって全く法術が使えないという訳でもないのだが、ただマナが少なすぎて発動するまえに体力が尽きてしまうだけの事。
奴の言う事が、体力に優れているという意味といっているのなら問題ないが、種族として優れているというのであれば問題だ。
王国に居た時に知った、ヒューマン至上主義という考えが蔓延している国というのは、プロパガンダを多分に含んだ偏見だったのかもしれない。
だが火のない所に煙は立たぬとも言う、表にすべて出さずともそう考えている者が居てもおかしくない。
「まず法術と魔法の違いだが、知っている者も居るだろうが法術は体内のマナを利用したもの、魔法はそれに加え自然に存在するマナを利用したものである。例えるならば法術は火種であり、魔法はその火種で点ける暖炉の中の泥炭だ。同じ火でも法術と魔術、強さが違うのは貴族のマナといえど自然に存在しているマナの量の方が圧倒的に多く、それを利用しているためだ。つまり法術もすさまじいまでのマナがあれば、魔法と遜色無いものが使えるという事でもあるのだが…そこまで行くとすでに人の領域ではない、我らが敬愛すべき神王猊下くらいであろう」
「ふむ…?」
思わず呟きが漏れる、既に見罷って…亡くなっているから確かめる術はないが、神王はそれほどまでにマナの量が多いのだろうか…。
そうと知っていれば何が出来たという訳でもないが、一度会ってみたかったと思ってしまう。
「その背に少しでも追い付くためにも我らは生涯研鑽すべきである。だがマナというのは産まれた時に既に決められている、もちろん全く使わぬ者と使い続ける者では、元が同じ量でもやはり後者の方がマナの量は最終的に多くなるとはいえ、誤差程度の差だが…。ならば我々がするべき研鑽とは何か、それは効率の良いマナの使い方である。もっとも簡単で基本的な方法は明確に何をしたいかをイメージすることだ、火種であれば指先にどの程度どの位の強さでというのを何となくではなく、明確に思い描き使うのだ。まずはそうだな…自分の人差し指の爪と同じ大きさ、強さはロウソクほどでやってみるのだ。私が見て回るのでその間灯し続けるように」
なるほど、確かに印象は良くない男だが流石に高位貴族の先生に選ばれるだけあって、授業内容に即した話をしている時はまともで一理ある。
しかし、明確に思い描けと言っておきながらロウソクくらいの強さの火とは…いや、確かに火の明確な強さなど分からないか…そもそもロウソクやカンテラ、暖炉の炎くらいしか見る事も無いだろうし。
早速ワシも自分の爪くらいのロウソクの火を人差し指の先に灯して、そのまま一定量で揺らめくことなく留めておく。
クリスや他の生徒たちも同じように爪の先に火を灯しているが、なかなか一定量で留め置くというのは難しいようで、風の中のロウソクの火の様に大きく揺らめいている者が多い。
「むっ…」
「む?」
生徒たちの間を「ふむふむ」など言いつつ特にアドバイスなども無く前から周っていたユールスがワシの前で今にも舌打ちしそうな声音で呻き、それに自分で気付いたのか踵を返し前へと帰っていった。
「やはり皆出来ぬだろうが仕方がない、まずはこれがきちんと出来ることそれから次のステップへと移る。今日からはひたすらこれをやってもらう、むろん自らのマナの量には気を付けること。では、本日の授業はこれで終了とする」
そう言い残すとスタスタと、ユールスは小太りの体を揺らし教室から辞して行ってしまった。
「うぅむ、確かに基礎が出来ねば応用が出来ぬのは道理じゃが…」
「自分ではなかなかやるのではないかと思っていたけど、これは中々難しいねぇ…ってセルカは流石だね」
クリスが先生が出ていくと同時にワシの傍に指先に火を灯しながらやってきて、ワシの指先の火を見て苦笑いする。
「流石だ」なんてクリスはワシを褒めるが当たり前だろう。
何せ今まで法術を扱ってきた月日の桁がそれこそ違う、他の者より優れていて当然なのだ。
むしろここで劣っては、今まで何をしてきたのかと言われても反論できない。
「しかし、なんぞワシにだけ明らかに態度悪かったが、何じゃったのかの」
「あぁ…そういえば父上が、昔獣人がまだ本当に奴隷扱いだったころに流行った、ヒューマン至上主義の考えを未だ持つ古い貴族がどうのこうのって、言ってたことがあったような……」
「ふぅむ…なるほどのぉ」
あまり良い考え方では無いとは思うとはいえ、それを表に出さなければ裏でどう思っていようがそれは人の勝手。
主義主張なんて千差万別、ワシらに害が無ければそれでよいと意識を切り替え、アドバイスを欲しがってるクリスにとりあえず思いつくモノをいってみて終始和やかにその日は過ごすのだった…。




