455手間
両の手の平の上に乗せる様にして持っている杖を、左右に目を走らせながら隅々までじっと真剣な表情で見ている魔導器職人ブロワ。
しばらくゴクリと唾を飲む音すら憚られるほどの気迫のこもった顔をしていたが、ふっと表情がゆるんだ瞬間を見計らいブロワに話しかける。
「のうブロワや。その杖でどうやってマナの癖とやらを見抜くのじゃ?」
「そう、ですね……この杖はマナを通し法術を発動させた際の…流れみたいなのを残しやすいんです。この流れは声や字の様に人それぞれ違ってて、それを見てその人に合った杖を作るのが、ヘイゲル子爵家のやり方なんです」
「ほほう、なるほどのぉ…。うぅむ、ワシではいくら見てもよくわからんのぉ」
「セルカお嬢様もマナを見る事が出来るのですね、すばらしいです」
上質な服を着ていなければ、そこらの町娘に間違えそうな素朴な顔を綻ばせる。
そんなブロワの言う通り、確かにマナが杖に残ってる様にも見えるのだが。しかし、ワシには彼女のいう違いがさっぱりで、ここから個人の特徴を見出すとは流石というべきだろう。
「マナの見え方は人によって違いますからね、この杖は私の見え方に合った作り方をおりますから」
「ほほう、それはまさに職人の道具といった感じじゃのぉ」
「お褒めにあずかり光栄です」
自分の為だけの自分だけの道具を自分で作る、頑固一徹のまるで熟練の職人の様でかっこいい、いや…正真正銘、熟練の職人か。
「しかし、お言葉ですが職人の道具という表現はセルカお嬢様のマナの方が相応しいかと…」
「どういうことじゃ?」
「セルカお嬢様のマナの流れは本当に精緻で、それなのに努めてそうしている訳でもない…まるで長年使いこんでその人の手にピタリと合うようになった職人の道具の様に、そしてその手で振るわれる技の様に見事で。私、長いことマナの流れを見てきましたがこれほど見事で美しいのは初めてでございます」
「照れるのじゃぁ」
いまいち例えにピンと来ないが、純粋に褒められているのは…まるで憧れの人を見るかのようなキラキラした目を見ればわかる。
それが面映ゆく頬に手を当て、身をよじって恥ずかしがる。
「セルカお嬢様、何か杖を作る際のご要望はございますでしょうか? この様にして欲しいなどありましたら、装飾に関しましては加工の関係上あまり派手なモノは出来ませんが、出来得る限り対応させていただきます」
「ふーむ、どんな杖がよいか…のぉ」
先ほどまでのキラキラとした、憧れの人を見るかの様な野花のような素朴な顔をキリリと引き締めて、ブロワがワシに聞いてくる。
杖という形の関係上確かに派手な装飾は無理なのは分かるが、そこまで念を押すとは昔何かあったのだろうか、そもそもそこまで派手なのは趣味でないので問題ないが。
「うむ、そうじゃな。まず杖は丈夫にして欲しいのじゃ、多少重くなっても構わぬ。装飾は…やはりレギネイの花をモチーフとしたモノを一点入れてくれれば良いのじゃ」
「装飾は分かりましたが、丈夫となりますと多少太くなり、セルカお嬢様の申されましていた通り重くなりますが…」
「かまわんのじゃ、こう見えてそこらの男より力持ちじゃからの」
車いすを固定してさえいれば、腕の力だけでブロワごとそのソファーを持ち上げるのも容易い。
とは流石に言わなかったが、彼女の疑念も当然だろう何せ車いすだ、病弱でか弱いと思われても仕方がない。
「かしこまりました、それと最後に…杖に使う木材ですが、今しがた見させて頂きましたマナの流れと合うものを選びますので、ご指定が出来ないことをご了承ください。同じ種類の木でもその人に合ったり合わなかったりしますので…」
「ほほう、それは出来上がりの楽しみが一つ増えるというもの、ワシに否やは無いのじゃ」
上位のしかも公爵を除けば最高位の貴族相手にこう言い切るのだ、それを許されるだけの信頼と腕をしているのだろう。
以前養父様が言っていたが、下位貴族や平民の間では貴族というのはわがまま放題というイメージがこびり付いているという。
彼女も多数の貴族を相手にしてきた以上は、そんな人物とも会ってきたはず。それでもコレだ、今から完成が楽しみで仕方ない。
「それでは早速工房に戻り作成に取り掛からせていただきます、ある程度完成までの日数が分かりましたら後日ご連絡させて頂きます。では、エヴェリウス侯爵閣下、セルカお嬢様御前失礼いたします」
「うむ、楽しみにしておるのじゃ」
養父様も頷くと、ブロワはソファーから立ち上がり一礼してから部屋を辞する。
「しまった、どうやって作るか聞くの忘れておったのじゃ」
「セルカ、魔導器の作り方は秘中の秘だからね。たとえ死んでも教えたりはしないよ」
「うぅむ、そうなのかえ。それは残念じゃ」
確かに他の国も魔導器の作り方は秘密だった、カカルニアの魔具の作り方であれば関わったこともあるので多少は知っているが…それと同じかどうか。
因みに魔具は魔石を何やかんやして ―こっちは教えてもらえなかった― それを使用する法術を焼きつけた ―こっちも教えてもらえなかった― 電子回路の様に物の中に刻み付けるのだ。
ブロワが出て行った扉を眺めもう一度「残念じゃ」と呟き、自分で作る訳でも無し誰に教える訳でも無いので、仕方ないかと気持ちを切り替えるのだった…。




