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ワシが殺気を収めたことでこの件は終わったと判断したのだろう、ヴェルギリウス公爵が「さて」といって話を変える。
「今回の戦の責を負ってデグブロ伯爵以下幾つもの家が潰れるだろう、と言っても分かっている限りでは全て法衣貴族、しかも居なくなったとて領地の運営には何ら問題の無い木っ端ども。幾つかの伯爵家に関しては、ある程度の商会を有している家がある故に分家が新たに家を興してそこが引き継ぐことになるだろうがな」
ヴェルギリウス公爵の口ぶりや声音には残念などという感情は無く、むしろしつこい汚れが落ちたかのような喜色すら感じる。
「功績ある者が貴族になるのは構わぬ、しかし然したる基準も無いまま野放図に増えた結果がこれだ。力ないとはいえ数が集まればその意見を切って捨てることも難しい、そして一度貴族となったからにはその首を切ることも一筋縄ではいかぬ。此度の事は結果だけ見れば好機であった、だが…エヴェリウス侯爵、卿はいかな理由で就けられようとも敗軍の将だ、これは処罰せねばならぬ」
「存じております」
「一矢報いたのならば兎も角、おめおめと逃げ帰ってきたのだ。常ならば問答無用で首を切るところだが…卿のこれまでの功績と兵と貴族が欠けることなく帰還を果たしたことを鑑みて卿の娘を頂こう、それをもって罰とする」
「はっ」
「は?」
どんな処罰が下されるのかと、固唾を飲んで見守っていたワシにとって肩透かしもいいところの処罰。
養父様が恭しく頭を下げるのと同時、ワシの口から調子はずれの声が漏れる。
ヴェルギリウス公爵のいう「卿」とはつまり養父様、それの娘はワシしか居ない。
反発を覚える前に頭の中を疑問符が満たし、口をポカンと開けて固まってしまう。当のヴェルギリウス公爵は大岡捌きだとでも言わんばかりのドヤ顔だ。
「卿も元よりそのつもりであろう? クリストファーも愛称で呼ばせているくらいだ問題はなかろう。獣人ではあるが我が国が獣人を軽んじてはおらぬという良い示しにもなる、獣人が公爵家に入ることに反発を覚える貴族共も居るだろうが、侯爵どもは宝珠があることを知れば黙ろう、木っ端どもはこの白を見れば文句など言えまい」
「はい、これほど見事に白ければ神王猊下のお導きと皆納得するでしょう」
「いやいやいや、ワシが納得せんのじゃが!」
ようやくヴェルギリウス公爵が、クリスの嫁になれとワシに言っているのだと理解が追い付いた。
養父様も元々そのつもりだと…つまり処罰だ何だのと言ったがお咎めなしと全く一緒だ。
いや、そんな事よりも何故突然そんな話が出てきたのか!
「納得せんもなにも侯爵家は宝珠の意味を知っている、それが知れ渡れば必ず何処かから嫁になれといわれるだろう。それならばいっそ公爵家に来るがよい貴様も満更ではないのだろう?」
「うっ、いや…しかしじゃな…」
前からは分かっているから見たいな視線、横からは僕のこと嫌いなのという視線…。
「貴様が我々よりも年上だということを気にしているのか? その見目だ、誰も年嵩の者を貰ったと揶揄することも無いだろう。それに養女となる際に十五と届けられている、実際がどうあれこの国で貴様は十五なのだ何の問題も無い」
「うぅ…この際じゃ…言うてしまうがワシは子持ちじゃ……」
「つまり夫がいるという事か?」
「うむ…というても随分と前に亡くなっておるがの……」
「ふむ、ではその子も公爵家の者として迎え入れよう、無論告げるのはクリストファーとの子になるがな」
ヴェルギリウス公爵は養父様からワシの宝珠やらの話を聞いていたのだ実際の歳など既に知っていたのだろう、クリスに嫌われる覚悟でもって今までカルンにも言わなかった事を伝えてこの話を諦めて貰うことにした。
だが貴族というのは何となくこぶつきなどを嫌がりそうなイメージを持っていたのだが、それがどうしたとばかりのヴェルギリウス公爵の態度に逆にワシが面食らう。
もしかしてクリスに嫌われるだけの結果に…と、恐る恐る横目でちらりとクリスを見たが少し驚いた程度の表情で、その顔に嫌悪の色は見られない。
「あ、いや。我が子は文も送れぬ遠い異国に居るからの…連れてくることは出来ぬ、そもあの子らは成人済みで随分と前に家督も譲り、その子も孫に家督も譲っておるからの……」
「ふむ…家督を譲ったという事は男子を産んだという事か」
「うむ、一男一女じゃ」
「素晴らしい、男子を産んだ経験のある未亡人、娶ればクリストファーの慈愛も広めれる…いや、十五で未亡人は外聞が悪いな…うむ、この話はここだけとしよう」
さすが公爵と言うべきなのだろうか実に図太い、清さよりも実績として尊ぶなどと…唾棄されるよりはよっぽどマシなのだが。
まさかここに来てこんな事になろうとは、まだ足も治って無いのにとまたしてもワシは頭を抱えることになるのだった…。




